モンゴル国内に日本の核廃棄物処分場を建設する構想をめぐり、日本がモンゴル政府から核廃棄物の受け入れを断られていたことが明らかになった。松本剛明外相が2011年7月27日の衆院外務委員会で、服部良一議員(社民)の質問に答えた。事実上、構想が頓挫した形だ。 松本外相は、7月23日に行われたモンゴルとの外相会談の内容について、 「モンゴル側からは、国内法令の関係上、核廃棄物の国内の受け入れ、つまり外国から自国への受け入れは困難であるとの立場の表明があったと記憶している」 と明かした。また、今後の核廃棄物の処理のあり方については、 「非常に扱いが難しいゴミで、各国とも課題として残っている。他方で、使用済み核燃料は、不拡散の観点からすると、ある程度しっかりとコントロールされている必要がある」 と述べるにとどまった。
日本人初の宇宙飛行士として、90年に旧ソ連(現ロシア)のソユーズ宇宙船に搭乗したジャーナリストの秋山豊寛さん(69)。その後、福島県旧滝根町(現田村市)に移住、有機農業に取り組んでいた。福島第1原発の事故を受けて、今、どこで、どんな思いで過ごしているのか? 訪ねてみた。【大槻英二】 ◇福島で農業15年、群馬へ/平和な老後、破壊された/経済成長に頼らぬ生き方を 「こっち、こっち」。待ち合わせ場所のバス停に、長靴をはいて現れた秋山さんは真っ黒に日焼けし、すっかり「農家のオジサン」になっていた。ここは福島県ならぬ群馬県藤岡市の鬼石(おにし)町。そのまま埼玉との県境を流れる神流(かんな)川のほとりにある田んぼに案内された。有機農業に取り組む知人から借りた6畝(せ)(約6アール)の水田。7月の初めに手植えをした。 「福島では5月20日前後に田植えをしていたけど、なかなか水温が上がらなくてね。ここは稲
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