伊藤隆氏が死去した。アゴラ読書塾に来ていただいたこともある。本書は「日本にファシズムはなかった」と主張して論争を呼んだ名著である。今では、著者の説が通説になっている。 本書の価値は1983年の初版のときより高まっている。「戦争法」に反対した人々は、安倍首相をヒトラーと同一視して攻撃したが、日本の歴史には、ヒトラーのような独裁者は一度も出てこなかった。 近衛文麿は政権基盤の弱い「公家」であり、朝日新聞などの大衆的な支持に支えられたポピュリストだった。彼は政党も官僚も軍もバラバラのままでは総力戦が遂行できないと考えて大政翼賛会の指導者になったが、右翼から「天皇の大権を犯す幕府だ」と批判されると党の綱領も書けず、「近衛新体制」はわずか半年で終わった。 戦時体制の中核は極右のファシストではなく、国家社会主義の理想に燃えた「革新官僚」と陸軍統制派の「革新将校」だった。彼らは政争を繰り返す腐敗した政党