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アフガニスタンに関するhapoaのブックマーク (9)

  • 町山智浩『ミッドナイト・トラベラー』を語る

    町山智浩さんが2021年8月31日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ミッドナイト・トラベラー』を紹介していました。 8月31日放送TBSラジオたまむすび「町山智浩のアメリカ流れ者」より 「この子たちがお父さんとお母さんが自分たちのために命を懸けてくれるとわかっているから、明るく振る舞うんです」 「この子たちが一生懸命頑張っている姿を見てると泣けてくる」 「すごい映画」#ミッドナイト・トラベラー pic.twitter.com/BXYVOJRemC — 映画『ミッドナイト・トラベラー』9.11(土)イメージフォーラム他全国順次公開! (@mdntr) August 31, 2021 (町山智浩)アメリカが今日、アフガニスタンから完全撤退しましたね。2001年から続いた……もう当に20年間続いた戦争がほとんど何の成果も上げられずに終わりましたね。 (赤江珠緒)アメリカ史上でも最も長

    町山智浩『ミッドナイト・トラベラー』を語る
  • 【閲覧注意】1996年〜2001年までのタリバンによる迫害|koichi_kodama

    2021年8月15日、タリバンがアフガニスタンの首都カブールを掌握しました。 私は仲間達と一緒に2001年から2013年ころまで、日に逃れてきたアフガニスタン難民の代理人を複数担当し、その過程で、タリバンが少数民族ハザラ人や女性に対して、どのような仕打ちをしてきたか、信頼できる資料に基づき、裁判などで主張・立証してきました。その活動の一部は以下の書籍で紹介していただいています。 それから15年あまり。事件対応に必要がなくなったので、アフガン情勢について追いかけていたわけではなく、今のタリバンが当時とは違っているのかどうか詳しくは知りません。 ただ、タリバンによる市民への人権侵害は、イスラム教スンニ派の教えを厳格に守ることに起因していますので、その根っこが変わっていなければ、残念ながら同じようなことが起きるのではないかと暗澹たる気持ちです。 タリバンが政権を握っていたのは20年も前の話なの

    【閲覧注意】1996年〜2001年までのタリバンによる迫害|koichi_kodama
  • 中村哲が14年に渡り雑誌『SIGHT』に語った6万字

    中村哲さんは実践の人であると同時に言葉の人であった。中村さんが語る、実践に裏打ちされた政治の言葉は、常に現実の複雑さを反映し、肉体的でありながら論理的で明快だ。こうした言葉で政治を語れる人を、僕はほかに知らない。 雑誌『SIGHT(サイト)』では、2002年から9回に渡って中村さんのインタビューを掲載した。アフガニスタンでの活動をテーマとしたものが主だが、そこに留まらず、アフガニスタンとの関わりのなかで感じたリアル、世界や日についても語っていただいた。中村さんのなかには、アフガニスタンが置かれた状況に対する怒りがあった。 しかし、その想いを感情に流すことなく論理的な分析を経て、実践へとつなげていった。 多忙な日での時間のなか、『SIGHT(サイト)』の取材に何度も時間を割いてくださった。ここで残された言葉はあまりに貴重であり、いまたくさんの人に読まれるべきものだ。 ロッキング・オンでは

    中村哲が14年に渡り雑誌『SIGHT』に語った6万字
    hapoa
    hapoa 2021/08/16
    全部読んだら別世界が見えるしこっちの説得力がぜんぜんある。中村哲さんのドキュメンタリーを見てからのほうがイメージしやすいはず
  • アフガニスタンに生きている生身の人間がいるというのをどこかに忘れているんですよね - 中村哲が14年に渡り雑誌『SIGHT』に語った6万字

    ── アフガニスタン現地で実際にいろいろな援助活動を行なってきた中村さんに、一連のアメリカの空爆などについてお話をうかがいたいんですが、まず中村さん自身、アメリカの空爆をどのように捉えていらっしゃいますか。 中村 わたし自身はですねえ、下々のことしかよくわからないので (笑) 。一般の庶民の立場から言いますとね、ビン・ラディンが匿われてるとかっていうのはある程度、噂として流れてたので知ってはいましたけども、一般の人々にとっては上の人の動きでしかなくて、あまり身近なものではなかったんですよ。だから、今回の空爆にしても当に庶民にとっては縁遠い問題だったということはできますね。この2、3年干ばつが続いて、もうそれどころじゃなかったというのが実状です。あともうひとつ、強いて政治的なことを言うとすれば、タリバンという政権が出てきてから、アフガニスタンに割と平和が戻ってきたというのは事実なんで語弊は

    アフガニスタンに生きている生身の人間がいるというのをどこかに忘れているんですよね - 中村哲が14年に渡り雑誌『SIGHT』に語った6万字
    hapoa
    hapoa 2021/08/16
    現地に住んでいた中村哲さんが見ていたアフガンとタリバン。テレビ新聞ネットに流れるのは欧米の目から見たアフガンとタリバン。下にまだまだあるから全部読んだほうが良い
  • 米政府とタリバン 米軍完全撤退含む初の和平合意に署名 | NHKニュース

    2001年の同時多発テロ事件以降続くアフガニスタンでの軍事作戦をめぐり、アメリカ政府と反政府武装勢力タリバンは、アメリカ軍の完全撤退を含む初めての和平合意に署名しました。これを受けて、アフガニスタン政府とタリバンは3月上旬、直接対話を始める見通しですが、課題は多く、和平の先行きは見通せない状況です。 合意では、 ▽アフガニスタンに駐留する1万2000人から1万3000人のアメリカ軍について、135日以内に8600人まで削減するとともに、 ▽今回の発表から14か月以内に残りのアメリカ軍とNATOを中心とする国際部隊も完全撤退させるとしています。 また、 ▽タリバンの戦闘員など人質の交換の手続きに直ちに取りかかることや、 ▽タリバンに対する制裁の解除も進めるとしています。 ただ、その条件として、タリバンに対し、国際テロ組織アルカイダなどアメリカの安全を脅かすすべてのグループとの関係を断ち、アフ

    米政府とタリバン 米軍完全撤退含む初の和平合意に署名 | NHKニュース
  • アフガン難民:対IS イランが派兵、シリア紛争地に | 毎日新聞

    アフガニスタン人の若者。招集場所の施設周辺をうろつき、誰かを待っているようだった=イランの首都テヘラン近郊のベヘシュテ・ザフラで2017年7月27日 毎日新聞 首都テヘラン近郊での招集現場の撮影成功 イランが自国に居住するアフガニスタン難民を、シリア紛争の戦場に派兵するため、招集しているとみられる現場を毎日新聞が確認し撮影した。過去の派兵経験者の証言を基に、首都テヘラン近郊に集められている姿を2度取材した。欧米メディアなどが経験者の証言を報じたことはあるが、招集現場を撮影したのは極めて異例。複雑な中東情勢を背景に、イランは公式には戦闘行為に直接関与していないとの立場だが、実際にはシリアのアサド政権を支援し、過激派組織「イスラム国」(IS)と戦わせるため、組織的、継続的に派兵している現状が判明した。【テヘランで田中龍士】

    アフガン難民:対IS イランが派兵、シリア紛争地に | 毎日新聞
  • 日本政府、中村医師の襲撃情報を事前に把握 本人も警戒 | 毎日新聞

    中村哲さんの遺体と対面する尚子さん(左)と長女秋子さん=アフガニスタンの首都カブールの病院で2019年12月6日、AP アフガニスタン東部で福岡市のNGO「ペシャワール会」現地代表で医師の中村哲さん(73)が殺害された事件を巡り、日の外務省が襲撃計画に関する情報を11月中旬までに把握し、一時帰国していた中村さんに注意喚起をしていた。複数の日政府関係者が明らかにした。地元当局も同様の情報を中村さんに伝達していたという。警戒を強化していたにもかかわらず、襲撃グループが周到な計画に沿って犯行に及んだ可能性が高まっている。 ペシャワール会などによると、事件は4日午前8時ごろ、アフガン東部ナンガルハル州の州都ジャララバード近郊で発生。中村さんがオフィスと宿舎があるジャララバードから約25キロ離れたかんがい用水事業の活動現場まで四輪駆動車で移動中に襲われた。

    日本政府、中村医師の襲撃情報を事前に把握 本人も警戒 | 毎日新聞
  • 武器ではなく命の水を 医師中村哲とアフガニスタン

    アメリカ同時多発テロから15年。今も戦乱の続くアフガニスタンで干ばつと闘う日人がいる。医師・中村哲(69)。「武器や戦車では解決しない。農業復活こそがアフガン復興の礎だ」。中村は白衣を脱ぎ、用水路の建設に乗り出した。15年たったいま、干ばつの大地には緑がよみがえり、人々の平穏な営みが再び始まろうとしている。戦乱の地アフガニスタンに必要な支援とは何か。15年にわたる中村の不屈の歩みを通して考える。 「普通のドクターや医療関係者がね、この状態を知って放っておいて逃げれるという人はどうかした人でしょうな。やっぱり目の前で困っている人を見捨てるわけにはいきませんよね」 「基礎に栄養状態が良くないというのがあります。それから衛生状態が良くないと。水で洗うだけでかなり良くなるんですが。水そのものが欠乏している」(中村哲さん) 「水が来た時ももちろん喜びましたけど、モスクが建つと聞いてもっと喜ん

    武器ではなく命の水を 医師中村哲とアフガニスタン
  • 山本美香さん死去5年:「ジャーナリストはテロ抑止力に」 - 毎日新聞

    アフガニスタンで取材中の故山美香さん=アフガニスタンで2009年7月、ジャパンプレス代表・佐藤和孝さん提供 山さんの思い、次の世代へと受け継がれ ジャーナリストの山美香さん(当時45歳)がシリア内戦を取材中に亡くなってから20日で5年。その後も世界各地でテロが相次ぎ、17日夕(日時間18日未明)にはスペイン・バルセロナの中心部で車を使ったテロで多数の死傷者が出るなど、混迷した情勢が続く。それでも山さんが抱いていた「ジャーナリストの存在が抑止力になる」との思いは次の世代へと受け継がれている。【田中理知】 山さんは2012年8月20日、シリア北部の主要都市・アレッポで、政府系民兵と反体制派の銃撃戦に巻き込まれて死亡した。

    山本美香さん死去5年:「ジャーナリストはテロ抑止力に」 - 毎日新聞
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