2018年6月24日のブックマーク (2件)

  • ハヤさんの昔語り〔三〕~石工になった長太郎~(創作掌編) - かきがら掌編帖

    人から聞いたばかりの「セレンディピティ」という言葉を、受け売りで解説し始めると、 「舌をかみそうな言葉ですね」 カウンターの向こうでコーヒーを淹れながら、店主のハヤさんが言った。 セレンディピティは、18世紀のイギリスの作家ウォルポールの造語で、ペルシアの寓話『セレンディップの三人の王子たち』が語源となっている。 物語のなかで王子たちが旅に出て、途中で遭遇する思いがけない出来事を、機転によって幸運に変えていくところから、もともと探していなかった何かを発見し、その価値を見い出すことをセレンディピティというのだ。 おもしろそうに話を聞いてもらえて満足した私は、香り高いコーヒーをゆっくりと味わった。 「このあいだは、伊作とザシキワラシの話をしたので、今日は長太郎のことを話しましょうか」 ふと思いついたようにハヤさんが、前世で寸一という行者だったころの昔語りを始める。 △ ▲ △ ▲ △ ある日の

    ハヤさんの昔語り〔三〕~石工になった長太郎~(創作掌編) - かきがら掌編帖
    happysad88
    happysad88 2018/06/24
    もし私の人生が物語なら、私のセレンディピティは何だろうと思いました。思いがけず自分にとって大事な言葉に出会うことはあるけれど。もともと探していなくて、かつ価値を見い出したことは(まだ)ないかも
  • 父が少年だった頃 - かきがら掌編帖

    父が亡くなるひと月ほど前のことです。 私は、布団に横たわる父のそばに居て、テレビでも見ていたのだと思います。 どういうきっかけだったのか、父が思い出話を始めました。 少年の頃、1人で自転車に乗って遠出した話でした。 塩の効いたおにぎりと水筒を持ち、朝早く出発して、ずいぶん遠くまで行ってきたようです。 ところが話の中心は、どこへ行って何をしたという「冒険」の方ではなく、帰り道の出来事でした。 朝からの遠乗りで疲れていた父は、眠気と戦いながら自転車を走らせていましたが、とうとう居眠りをしたらしく、あっという間にバランスを崩して、自転車ごと転倒してしまったのです。 のどかな時代で、車や歩行者に接触することもなく、すり傷をつくったくらいで済んだのは幸いでした。 「道端で見ていた男の人たちに笑われて、恥ずかしかったな」 なつかしそうに笑って話す声を、私は相槌を打ちながら聞いていました。 そして、ふと

    父が少年だった頃 - かきがら掌編帖