(村上春樹がエルサレム賞授賞式でこのスピーチをし、イスラエルの新聞のウェブサイトに英文が公開された2009年2月21日の直後に私がそれを大急ぎで和訳したものです。もとはグーグルのブログで公開していました。なお、村上本人の元の日本語の原稿と、ジェイ・ルービン氏による正確な英訳文は、文藝春秋2009年4月号に掲載されています。) 私は、今日、小説家としてエルサレムに来ました。いわば、職業的な、嘘の紡ぎ手として来たわけです。 もちろん、嘘をつくのは小説家に限りません。ご存知のように、政治家も嘘をつきます。外交官も、軍人も、中古車のセールスマンも、肉屋も、建築屋も、折に触れて、彼らなりの嘘をつきます。しかし、小説家のつく嘘は、ある意味異なっています。小説家が嘘をついたからといって、誰も、その小説家を、不道徳だと非難することはないのですから。実のところ、嘘が大きく巧みであればあるほど、そして、独創的