東さん、twitter上で「哲学はなぜ100年も前の古典文献を参照し続けるのか?」という議論を見ました。趣旨としては、自然科学等では、ニュートン等の古典に立ち返ることは稀で、評価の定まった知見は教科書に集約され+頻繁にアップデートされ、それに加えて最新の研究論文を参照することで教育および研究活動がなされていく。一方、未だに哲学では多くの古典・原典に立ち返る部分が多いのが不思議だという内容でした。私個人の理解では、あくまで程度問題で、哲学の場合は「実験で物理現象に関する仮説検証」したり、「数学の仮定および論理の枠内で証明」をしたりといった誰もが一定のルールのもとで了解できる共通基盤が少ないため、教科書的共通認識ができるまで数百年レベルで時間がかかる(ので例えば教科書だけでなくカントも直接参照する必要がある)と理解しています(逆に言えば、哲学も超長期スパンでは他分野と似た過程を辿っている)。東