こんな記事を読みました。 商品レビューにおいて、単に箱から出すだけのもの(=開封の儀)は価値がないという話ですね。そういう人もいるでしょうけど、自分は、商品の具体的なレビューが無くても、開封の儀は楽しめます。大好きです。 photo by howcheng ※子供へのプレゼントは子供以上に楽しみ なぜ楽しいかを考えてみたのですが、理由は、 自分も買った気持ちになれる(購買意欲が満たされる) 消費して喜んでいる人を見るのが楽しい(購買意欲が刺激される) というところでしょうか。 1. 購買意欲をどうやって発散させるかは人それぞれですけど、自分は商品を買って家に持ち帰ってタグを外したり箱から出す時が一番幸せな瞬間なんですね。もちろん、自分で買って購買意欲を満たすのが正しいのでしょうが、惰眠や食べ過ぎみたいに、極まれに駄購買意欲を発散したい時があるんです。そういう時に、「開封の儀」を見て、疑似的
ブログなんてチラシの裏。誰でも好きなことを適当に書いていい媒体だ。いま見ているドラマがツマラナイ、結婚してから妻がトド化している、今日食べたランチがまずかった…… 金をもらって書いてるわけじないから、自由に書いてOKだ。 ただ、オレは言いたい。 セミ・プロブロガーを自称する連中に言いたい(趣味のブロガーはのぞく、ここ重要だ)。新しいガジェットを購入したときに書く「開封の儀」はつまらないから即座に止めて欲しい。 「開封の儀」とは、買ってきた製品の箱を見せて、製品を取り出し電源を入れるまでのプロセスを、写真でワンステップごとに紹介していく、褌もビックリの長さはあるけど超絶ツマラナイエントリーのことだ。 奴らがなぜこんなクソツマラナイエントリーを書くかというと、理由は簡単、「手抜きで書け」&「自慢できる」からだ。自慢はわかる。素敵な商品を買ったら、それを自慢するのは当然だ。オレもしたい。 ブログ
2014-09-23 愚行権の行使が認められるネット社会をつくろうぜ! 今のネット社会に足りないのは愚行権の確立であると思う。 Twitterがバカ発見器と言われるように、私達はソーシャルメディアを通じて毎日全国や全世界の馬鹿を発見しては、イナゴのように食い散らかして消費する。彼らの愚行権の行使を尊重しようとする態度が見られない。愚行権は公共の福祉に反しない限りにおいて尊重されるべきである。 人は全て等しく愚かである。だから愚かな過ちを行ってしまうことがある。その中でも刑事罰に至らないような行為は愚行権の行使として尊重したほうがいいのではないか。誰だって愚かになりたい時があるのだ。自分の趣味に関しても、家族に関しても、国家に関しても、じぶんが愚かな行為をする権利は相互に認められるべきであると思う。 愚かさを許容しない社会は息が詰まる。いまソーシャルメディアでSNS疲れが出てきているのも、そ
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