黒人でも、在日コリアンでも、身体障害者でも、〇〇が存在すること自体を否定する文章を翻訳しておいて、「〇〇はびびるだろうね、楽しいな!」って添えておいて、「賛成してない」「翻訳しただけ」って、通じるものなの? それが通じるのって、男性くらいじゃない? なんつうか、北村先生って、弱者ムーブ決めてるけど、客観的に見れば強者の側なんだよね。 北村先生自身は、自分の特権性を理解した上で、それを生かして男性を差別していますよね? 北村先生の言動に恐怖を覚えた男子学生の、その存在自体を否定していたじゃないですか。「存在自体疑わしい」って。 あれ、MeTooに関する言動と、どう整合性がとれているんですか? このような発言をする教員に対して、男子学生は自身の身分を明かさないと、抗議してはいけないのでしょうか。 ちょっと、自身の発言について、よく考えてみてもらえませんか?