臨時台湾戸口調査部は、台湾総督府に置かれた臨時組織で、台湾単独の国勢調査である臨時戸口調査の事務を管掌した。1902年「国勢調査ニ関スル法律」にもとづく日本初の国勢調査が1905年に予定されていたが、「内地」では実施は日露戦争の影響などから見送られた。台湾総督府は台湾単独の「戸口調査」として事実上の国勢調査を実施した。臨時台湾戸口調査部長は民政長官が兼任した。副部長は高等官中から総督が任命するとされた。第1回戸口調査部は1905年5月29日、「臨時台湾戸口調査ニ関スル職員ノ件」にもとづき設置された。1908年3月31日、「臨時台湾戸口調査部官制廃止」にもとづき廃止された。第2回戸口調査部は1905年5月29日、「戸口調査ノ事務ニ従事セシムル為台湾総督府ニ臨時職員ヲ置クノ件」ならびに1914年台湾総督府訓令第108号「臨時戸口調査部規程制定」により設置された。1918年3月31日、「大正3年
Published 2018/12/21 13:30 (JST) Updated 2018/12/21 17:30 (JST) 戦前のメーデーの写真があった。ジグザグデモの隊列だった。密集した隊列で道路を占拠して進むのは違法だから、この後、警察当局と衝突したはずだ。労働者と経営・権力側が本来、どのような関係であるのかを、その1枚が示していた。 戦後、1979年のメーデーの写真は別世界のようだ。デモの先頭は大阪総評議長も務めた中江平次郎、その右に大阪府知事の岸昌、左に大阪市長の大島靖。みな、たすきをかけ、笑顔も見える。それから40年。今、労働運動はどこに歩み来ったのか。これからどこに向かうのか。写真を前に立ち止まり、考える。 大阪市中央区の天満橋駅近くにある府立労働センター4階に、労働運動や社会運動の資料を大量に所蔵する図書館がある。大阪産業労働資料館、通称「エル・ライブラリー」。エルはLa
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