5 「ああ、そうだ。リンゴ、リンゴがあるのよ。直、持って行かない?」 母はそう言って冷蔵庫にぱたぱたと駆けていき、扉を開けると早くもいくつかのリンゴを取り出して袋に詰めはじめている。 「まだいるって言ってないじゃん。」 直子は母に聞こえぬよう小声でそう呟いたあと、それでも「ありがとう」と言って渡された袋を受け取った。 「悟さんと一緒に食べてね。結構いいやつなのよ、それ。」 母にそう言われ、直子は曖昧に頷いた。 そして手早く帰り支度をすると、「じゃあ、私行くね。」と言って玄関に向かった。 「うん、悟さんによろしくね。」 母がまたもや悟の名前を出したので、直子は「はいはい」と言って手をひらひらと雑に振りながら逃げるように家を出た。 帰り道、直子の表情は暗かった。右手に持った袋がずっしりと重く、思わず「はあ」とため息をついた。 自宅に着いてからも、袋に入ったリンゴを見ては陰鬱な気持ちになり、やは