ブックマーク / ncat2.hatenablog.com (4)

  • バナナマン日村がマジ切れ、「俺は傷ついている」という悲痛な叫び - ncat2の日記

    『めちゃイケ』に限らず、ある世代のお笑い芸人は「権威を傘にしたいじめ」を肯定している - 昨日の風はどんなのだっけ? お笑いといじめ。この二つは、コアなお笑いファンほど切り離して考えようとしがちだが、実際のところ、切っても切り離せない関係にあることが事実だ。上記の記事では、そのことについて具体的に述べている。それと同時に、一つ、それに関連した非常におもしろいラジオの回があったのを思い出した。良いきっかけを得たので、それについて紹介し、解説を加えていこうと思う。 それというのは、2009年03月16日放送の「バナナマンのバナナムーン」での出来事である。実は、過去に「バナナマンのバナナムーンが最高におもしろかった。」という記事で紹介しているものだ。その記事にも概要は書いてあるが、ここでは引用などを駆使して一から説明して行こうと思う。また、この放送の最後では、「誰が悪いのか」という投票が行われて

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    hoho77
    hoho77 2009/12/10
    作家と芸人のコミュニケーション不足なんだと思う。この場合、こういう話があってビンタになるけどいい?って作家が確認すべきじゃないかな?と思った。芸人だからってなんでも勝手にやっていいものじゃない。
  • アメトークの過剰な演技性に感じる、細かいが重要な違和感 - ncat2の日記

    アメトークという番組は基的によく出来たものなのだが、たまにそこにある過剰な演技性に違和感を覚えることがある。その演技性は一概に悪と言えるものではないが、議論の余地があるよなーと思うもののため、ここに記しておく。以下詳細。 私が感じる過剰な演技性というのは、アメトーク内で「○○ってなることあるよね」というような、その回のくくりの中のあるあるを披露した際、全員が「あ〜! はいはい! そうだね!」とリアクションをすることにある。 例えば、「人見知り芸人」での一幕。NON STYLEの石田が言ったことにに対してライセンスの藤原が反応したというやりとり。 石田「楽屋挨拶するときも、まず、なんですけど、コンコンの大きさが分からないんです」 藤原「…わかるわかる!」 (一瞬遅れて「あー!」という声。ここで他の芸人もうなずくのがカメラに抜かれる。) 遅れた間や内容から考えるに、藤原以外の芸人はそんなに「

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    hoho77
    hoho77 2009/11/21
  • ついに、ケンドーコバヤシが一皮剥けた! - ncat2の日記

    有吉弘行のケンドーコバヤシ論(死んだ目でダブルピース) こちらの記事が非常におもしろく、ネットでこの回の音源を探して聞いてみた(というより、ケンコバのラジオに有吉が出たと書いてあった時点で、読むまえににまず探した)。すると、こちらの記事に載っていないところまでもが、かなり興味深かった。いままでどこか生ぬるいところがあったケンドーコバヤシに、変化が見られたからだ。ケンコバという芸人は実はとんがっているようでとんがり方が予定調和なところがある。眠れる獅子なのである。眠っているのにもかかわらず、その他の多くの芸人よりも力があるという、恐るべき眠れる獅子だ。 ここではそのラジオと共に、先週のアメトークのプレゼン大会でのケンコバの様子を交えて、ケンコバの今後について語ってみようと思う。 まずは、ラジオから。上記記事の最後に載っている、「ケンドーコバヤシはザコシショウで代わりが利く」というトークの後、

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    hoho77
    hoho77 2009/11/04
  • 「恐怖」と「笑い」は限りなく近い - ncat2の日記

    私は「怖い」といわれるネタが好きだ。昔、2chに「怖いネタ」を集めるみたいなスレがあったとき、かなり頻繁に覗いていた。最近そのスレが復活したので、それも頻繁に覗いている。ちなみにまとめwikiもある。 私がなぜ、「怖い」といわれるネタを見ようとしていたのか。それは、「怖い」といわれているネタは、おもしろいことが非常に多いからである。 その理由は、一番コミカルな、ベタなボケから離れようとすると、それはシュールとなり*1、さらにそこからまだ追求し、深めていくと、それはどんどんと「ホラー」に近づいていくからである。逆に言えば、「笑い」を追求し、深めようとすると、それは自ずとホラーとなるということである。すなわち、「怖い」と言われているネタというのは、シュールからさらに突き詰めた結果生み出された、水準の高い笑いであることが多いのである。 ちなみに、今のホラー映画が「笑いの最終形」ということではない

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    hoho77
    hoho77 2009/09/02
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