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国際に関するhoshiminのブックマーク (3)

  • 『井上成美』を読む。 - 雪斎の随想録

    ■ 「アメリカがよくあれまで我慢したものだと思う。資金の凍結や油の禁輸などは窮余の策で、まだまだおとなしい方だ。日のやり方は傍若無人と云うの外はない」。 井上成美は、戦前、日独伊三国同盟の締結や日米開戦への動きには頑強な抵抗を示し、米内光政や山五十六と並んで、「海軍左派三羽烏」と称された。井上は、戦時中には海軍兵学校校長、海軍次官を務め、帝国海軍最後の大将に昇任した。井上が海軍兵学校校長に在任していた時、英語が敵性語として扱われた時節にもかかわらず、兵学校での英語教育が続行された。「英語ができない海軍士官など要らない」というのが、井上の意向であった。 『井上成美』(井上成美伝記刊行会、昭和57年)を古書店から購入して、読んでいる途中である。巻末資料を含んで900ページ近い書である。 前に触れたのは、戦後、昭和三十年代後半に、井上が日米開戦に至る過程を回顧して語った言葉の一節である。一九

    『井上成美』を読む。 - 雪斎の随想録
  • THE BRADY BLOG:誰も知らない親権争い ②

    「インド人と日人だけじゃないのよ。アジア系の家庭は、みんなそう。英国人の家庭みたいな子供に欲しいものをすべて与える教育はしないから。でも、子供に欲しいものを与えて、好きなようにさせないと、この国では虐待していると言われるの」とインド人の女性は言う。 「この国の役所は、ファミリーのコンセプトを重視しないのよね。子供に何かヤバいことが起きた後で自分たちが責められると困るから、とりあえず子供を取り上げておこう、みたいな感じで、いとも簡単に親から子供を取り上げる。自分の子供が、あんなにあっさり他人から取り上げられたというのが今でも信じられない」 S子さんは言う。 多民族国家UK。という視点からこの問題を整理すれば、違う文化圏から来た人々には違う育児法があるということを理解できない英国政府と、他人様の国にお邪魔する場合はその当該国の“常識”に従った育児をしなければ危険視されることもあるとい

  • THE BRADY BLOG:誰も知らない親権争い ①

    「ずっとこの国で、この国の子供に囲まれて、この国の文化の中で育っていると、親もこの国の人のほうがよくなっちゃうのかね」 S子さんは言った。 S子さんとは、某託児所でのボランティア仕事を通じて知り合った。英国で保育士の資格も取得しておられる、ボランティア歴5年のベテランだ。先を読んで気を利かせ、率先してくるくる立ち働くその華奢な姿は、日人女性のイメージそのもの。子供の扱いもお上手で、常にやさしい笑顔とユーモアをもって難しい局面を打開してゆく。このような女性が、自分の子供の件で大変な問題を抱えているなどと誰が想像するだろう。 「取られちゃったんだよね。子供を」 託児所の堂で闇雲にS子さんは言った。 「は?別れた旦那さんに、ってことですか?」 「いや、お上に」 「え?政府に取られたってこと?」 「そう」 S子さんはそう頷いて、キッズ・ミールを貪っているうちの坊主の頬についた

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