現在の別府市浜町で、1926年(大正15年)に宮本四郎が開業した「レストラン東洋軒」が発祥とされることがある。昭和初期の東洋軒のメニューでは、「炸鶏片」(チャーケイペン)という料理が「鶏肉ノテンプラ」と説明されている[1][2]。 1953年(昭和28年)に別府市内の洋食店「三ツ葉グリル」(現「グリルみつば」)が開業した当時のメニューにもとり天が載っており[3]、この店が元祖として紹介されることも多い。しかし「三ツ葉グリル」の創業者はアサヒビアスタンドで修行を積むも、太平洋戦争時に召集令状が来たため、南方へ出征した。戦後の引き揚げ後には別府市に戻り、東洋軒で宮本と共に腕を振るった。 グリルみつばの現店主も「レストラン東洋軒」が起源であるとしている。三ツ葉開業当時のメニューには「炸鶏片」の表記は同じく記載されているが、読みが(チャーチーペン)と少し変化がある。また東洋軒と同じ縦長二つ折の菜単