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手塚治虫に関するhystericgrammarのブックマーク (4)

  • 手塚治虫:学生時代の肉筆画見つかる 春団治さん遺品から | 毎日新聞

    三代目桂春団治さんの遺品から見つかった手塚治虫の初期の肉筆画。封筒には「十枚」とあるが、二代目春団治の似顔絵は見つかっていない=大阪市中央区で2016年12月18日、幾島健太郎撮影 漫画家の手塚治虫(1928~89年)が、大正から戦後にかけ活躍した落語家の二代目桂春団治(1894~1953年)の依頼で描いた肉筆画9枚(各縦14センチ、横20センチ)が見つかった。学生時代の手塚が、春団治の興行ポスター用に落語や芝居の場面を描いた墨絵。竹内オサム同志社大教授(マンガ史)は「珍しいタッチ。子ども向けと大人向けの両方を使い分け、模索していた時期の画風が見て取れる」と指摘する。 肉筆画は、二代目春団治の実子で今年1月に亡くなった三代目春団治さんの遺品から見つかった。ポスター制作後に改めて描いたもので、春団治の似顔絵以外の9カット。戦後間もない45~46年、春団治が地方興行で演じていた芝居「明烏(あけ

    手塚治虫:学生時代の肉筆画見つかる 春団治さん遺品から | 毎日新聞
  • 早稲田エクステンションセンター連続講義「手塚治虫の世界 手塚治虫とマンガ論研究」:夏目房之介の「で?」:オルタナティブ・ブログ

    https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/4670/ 前にもお知らせした気がしますが、7〜9月にかけて全7回(当初の予定より1回分減りました)で、手塚治虫についての連続講義を、僕を含む4人で行います。なぜか講座サイトの日程表には担当講師名が入っておりませんので、下に担当名入りで転載してみました。

    早稲田エクステンションセンター連続講義「手塚治虫の世界 手塚治虫とマンガ論研究」:夏目房之介の「で?」:オルタナティブ・ブログ
  • ぼくのそんごくう - Wikipedia

    『ぼくのそんごくう』は、手塚治虫の少年漫画作品。中国・明代の小説『西遊記』を翻案して漫画化した作品である。1952年から1959年にかけて、秋田書店の少年漫画誌『漫画王』に連載された。初出時のタイトルはすべてひらがなであるが、後の単行化の際には『ぼくの孫悟空』と改められている。 概要[編集] 東勝神州は傲来国の花果山山頂の石から生まれた孫悟空が、須菩提祖師の下で修行を積み、天界に入って大暴れの後に幽閉され、仏門に入って三蔵法師のお供となり取経の旅行を続ける…という『西遊記』のストーリーに沿いながら、以下のように当時の世相を取り入れたりした漫画らしい脚色を加えている。 天界で暴れた孫悟空を退治に現れた二郎真君はターザンのような姿。また、連載開始当時は朝鮮戦争に国連軍が派遣されていたことから天界側の軍勢には国連軍の旗をかざした人物がいる。 三蔵が孫悟空を戒める緊箍呪は童謡『お猿のかごや』。

  • 朝日新聞デジタル:手塚治虫の未発表原稿9枚発見 幻の作品「浮標島」も - カルチャー

    初めて見つかった「浮標島」のマンガ原稿「メトロポリス」の前のタイトル案「超人ミッチー」のロゴを描いた扉絵手塚治虫が「有尾人」のために描きながら使わなかった原稿手塚治虫が「有尾人」のために描きながら使わなかった原稿。丁寧な彩色が施されている「有尾人」未発表原稿から。主人公と怪鳥の格闘「有尾人」未発表原稿。ドタバタギャグも入っている手塚治虫が「一千年后の世界」のために描きながら使わなかった原稿。描きかけの部分がある  【小原篤】マンガ家・手塚治虫(1928〜89)が1940年代末ごろに描いた未発表原稿9枚が見つかった。初期の代表作「メトロポリス」(49年)や「有尾人」(同)のために描きながら使わなかった計7枚のほか、構想ノートにタイトルとあらすじだけが残されていた「浮標島」という作品の1枚も初めて見つかった。  手塚作品の収集家でもあるマンガ家の松零士さんが、自宅で資料を整理していて見つけた

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