・はじめに 眼鏡をかけた少女のことを「眼鏡っ娘」という。ときどき「少女マンガでは眼鏡っ娘が眼鏡をはずすと美人になる」などと言われる。たとえば、中島梓はこう言っている。「「眼鏡をとったら君も美人」は少女マンガにとってはいまだに有効な呪文であります」。大ウソである。私は古今のマンガに描かれた眼鏡っ娘を1,041人調べたが、そのうち眼鏡を外して美人になるのは130人。率にすれば12.5%であり、およそ8人に1人が解脱していることになる。解脱とは、たとえばこんな感じである[図1]。 解脱している眼鏡っ娘が8人に1人というと多いような感じもするが、注意を要するのは美人になったとしても最後には眼鏡をかけ直すキャラクターが多いという事実である。解脱してそのまま幸せになるというキャラクターは総数で47人しかいない。これは全体の比率でいえば4.5%にすぎない。 ではなぜ「眼鏡を外すと美人になる」などというこ
日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー! 今回紹介するのは、『高橋葉介傑作集 海から来たドール』 『高橋葉介傑作集 海から来たドール』 高橋葉介 ぶんか社 ¥1,300+税 (2017年1月10日発売) 『夢幻紳士』シリーズや『学校怪談』で知られる高橋葉介。 快活から妖艶まで、独特の世界観を持つ孤高のストーリーテラーが、エキゾチックに描き出した作品集が『海から来たドール』だ。 表題作は、恐竜の暮らす南の島から来た少女ドールと、たまたま出会った学生・トオルを主人公に、現代のノアの方舟伝説を描く。いやあ、まさかダゴンが出てくるとは……。 収録作の「砲台」は、人類が衰退した未来らしき時代に浜辺に取り残された大きな砲台が舞台。 数年に一度だけ攻撃をしに現れる潜水艦と戦う少女と、彼女に囚われた少年の話。 ディストピアでの子どもたちの理由
追記2:『このBLがやばい!』2017年度版読みました…。ちょっとあまりにもな結果でショックを受けています…。コオリオニもポルノグラファーも入っていると思って外したので……。もう本当にただの私の趣味丸出しランキングになっちゃったじゃねえか。どうしてくれんだこの逆方向にスベった感。 いやそれはそれとしてもやはりもう少し攻めてほしかったですね。少なくともコオリオニは取り上げるべきだったと思います。残念です。上位陣はもうレベルが違う域に達しているのは確かですが、こうもビッグタイトルばかりランクインしてしまうと新人さんが戦いにくい状況になってしまうのでは。そのあたりどうにかできないものかなあ。 いやでもランキング作ってる側には心中お察しします。ご自愛ください。 そしてAmazonリンクなど追加しました。ご活用ください(瞳孔開き気味) 追記:このBLがやばい!の発売日を勘違いしていて、このランキング
マンガ研究フォーラム「マンガのナラトロジー ―マンガ研究における〈物語論(ナラトロジー)〉の意義と可能性」 日時:2015年11月14日(土)13時30分~17時40分 場所:学習院大学・南1号館201教室(東京・目白) 発表:「物語経験の時間性」森本浩一(東北大学大学院文学研究科教授) キースピーチ:「マンガ研究の転換期について」夏目房之介 コメンテーター:野田謙介、中田健太郎、三浦知志、三輪健太朗(発言順) 進行:佐々木果 (発言録テキスト作成:田原康夫、文責:佐々木果) 当日は、冒頭に夏目房之介氏からキースピーチがあった後、森本浩一氏の発表が約90分行なわれた。休憩をはさみ、後半はコメンテーター4氏による発言と森本氏の応答がなされた。最後に会場の参加者からの質問を受けつけ、討議を終了した。 ここに採録するのは後半のコメンテーター発言以降の記録である。前半の内容については、別にレポート
自身初となる長編『あれよ星屑』が大注目の山田参助先生。コアなマンガファンから「いよいよ!」の声が聞こえるいっぽう、『あれよ星屑』で初めて山田先生の作品にふれた読者からは「いったいだれなんだ!?」の声も多数。そこで今回のインタビューでは、山田先生の漫画家としてのルーツに迫る! そしていよいよ発売となった最新第3巻についても、お話を伺った。 1972年生まれ。 ゲイ雑誌「さぶ」「SAMSON」で作品を発表するかたわら風俗誌、実話誌を主戦場に執筆。西原理恵子のエッセイ『できるかな』にイラストを寄稿するなど、その活躍は多岐にわたる。単行本に『若さでムンムン』ほか。 2013年より自身初の長編となる『あれよ星屑』を「月刊コミックビーム」にて連載開始。 現在、『あれよ星屑』のほか「コミック乱」(リイド社)で『ニッポン夜枕ばなし』を連載中。 twitter:@sansuke_yamada 山田先生の作家
安倍大惨事(第三次)内閣が看板に掲げ、担当大臣まで置いている「一億総活躍」。戦時中の「一億火の玉」「一億特攻」といったスローガンと重なって嫌な思いをしている人も多いだろう。 そもそも、「一億○○」といった上から目線のスローガンは、自国の民衆をいくらでも好きなように動員し利用していい道具と見ているからこそ出てくるのであって、そのメンタリティは戦前戦中の支配層と何も違わない。だから、きちんとした歴史認識を持っている人ほどこれを危惧するのは当然である。 ところで、「一億火の玉」とは言うが、大戦当時の日本人は一億人もいなかった。国土交通省のデータによると、開戦直前の1940年の段階で、日本の人口は約7,300万人である。(開戦後は戦争による死者数に誕生数が追いつかず、さらに減っていく。) これを、大雑把すぎる四捨五入を行って「一億」と言ってしまったのだろうか。 そうではない。戦時中のスローガンの「
1908年5月3日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。 貧民街からの電話により、ニモは自分の居場所をプリンセスに伝えることができました。実際には、プリンセスと電話越しに話をしたのはメアリーなので、メアリーはニモの居場所を知らせてくれたことの報酬として160億ドルを王宮から受けとるようです。 メアリーは「このお金でみんなを幸せにしてあげられるわ」(4コマ目)と喜んでいます。ニモの魔法の杖によって貧民街にも立派な宮殿が建ちましたが(ニモたちが今いる場所がそれのはず)、これから貧民街の人々にお金をばらまくつもりでしょうか。悪い大人に騙されやしないか心配です。 このエピソードは、どのコマも構図が同じで、画面左下・近景にニモとメアリーがいて、画面右上・遠景から、道が「くの字」を描いて中央までのびてきています。最初の一列で衛兵たちが集まり、次の一列では「眠りの国のプリンセス来た
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く