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2010年4月26日のブックマーク (6件)

  • 越智治雄のことなど - jun-jun1965の日記

    越智治雄という、日近代文学専門の東大教授がいた。駒場のほうである。当時、郷には三好行雄がいて、二人で東大の近代文学を担うかたちだった。吉田精一が短期間いたほかは、当時東大には日近代文学の教員はこの二人だけだったが、東大嫌いの谷沢永一はこの二人に猛攻撃を仕掛けた。三好のほうは文章での論争になったが、越智のほうは、口頭でやったらしく、どうも資料がない。 越智は、それから弱って、1983年、53歳で死んでしまった、というのだが、調べてみたら、もともと病弱で、薬をたくさん抱えていたという。顔はハンサムで、黒澤明に俳優になるよう勧められたというのだが、そう病弱では俳優は務まるまい。その病弱が、1976年から特にひどくなったようで、七年間病み続けて死んだらしい。 東大の「教養学部報」を見たら、田尻芳樹氏が河合祥一郎さんの訳したグリーンブラットの書評を書いていた。大昔は、文学研究といえば、作家

    越智治雄のことなど - jun-jun1965の日記
    irureme
    irureme 2010/04/26
  • 我楽多文庫 - Wikipedia

    『我楽多文庫』(がらくたぶんこ)は、近代日文学で初の文芸雑誌。硯友社の機関誌。同人雑誌の先駆である。 内容[編集] 尾崎紅葉、山田美妙らを中心として活動。 小説、詩、短歌、川柳など、持ち寄った原稿を掲載した。 江戸戯作的作品が多い。 刊行形態[編集] 第1期(1~8号、明治18年5月~明治19年5月)は肉筆回覧誌 第2期(9~16号、明治19年11月~明治21年2月)は活版非買(社員に配布) 第3期(〈再カウント〉1~16号、明治21年5月~明治22年2月)は活版公売(書店で販売) 第4期(17~27号、明治22年3月~10月)は『文庫』と改題し、発売元が硯友社から吉岡書籍店に変更 「我楽多文庫披露」に関して[編集] 「檄して曰くはチト大業…」で始まる『我楽多文庫』第1号巻頭言「我楽多文庫披露」は、世に多く出回っている版は引用が間違っている。『新小説』明治36年12月の尾崎紅葉追悼号

  • Fern Kinney - Baby Let Me Kiss You

    Fern Kinney Baby Let Me Kiss You Groove Me(1979)

    Fern Kinney - Baby Let Me Kiss You
  • 立命館大学能楽部 - 能「熊坂」研究

    irureme
    irureme 2010/04/26
    「熊坂」では亡霊となった熊坂自身が語り、(夢幻能)、「烏帽子折」では人間として登場した熊坂が牛若丸と実際に戦ってみせる
  • 俄 - Wikipedia

    「茶番」と「にわか」は芝居について説明しているこの項目へ転送されています。宝飾会社については「俄 (企業)」を、茶の給仕については「給仕」を、にわかファンについては「ミーハー」をご覧ください。 この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "俄" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2018年10月) 俄(にわか)とは、江戸時代から明治時代にかけて、宴席や路上などで行われた即興の芝居。仁輪加、仁和歌、二和加などとも書く。またの名を茶番(ちゃばん)。 俄狂言(にわかきょうげん)の略で[1]、俄、つまり素人が演じたことからこう呼ばれる。あるいは一説に、路上で突然始まり衆目を集めた

  • ピエール瀧:優木まおみのぶっちゃけ大変でした! | NHK 週刊!ハタラキング

    今週は、テクノバンド「電気グルーヴ」からピエール瀧さんの登場です。NHK大河ドラマ『龍馬伝』にも出演している瀧さんの、気になる20代をお届けします。 ピエール瀧 Pierre Taki 1967年生まれ。静岡県出身。1989年に高校時代からの友人石野卓球らと始めたテクノバンド「電気グルーヴ」のメンバー。1997年にシングル「Shangri-La」、アルバム『A(エース)』が大ヒット。1998年には全6ヶ国のヨーロッパツアーを行う。 その他、映像に関するソロ活動、CMのナレーション、漫画の原作、俳優、タレント業など、ジャンルを問わず幅広く活躍中。NHK大河ドラマ『龍馬伝』で、坂龍馬の長崎での活動を支える土佐藩郷士、溝渕広之丞役を演じている。 【ピエール瀧公式サイト】 Pierretaki.com (NHKサイトを離れます) 僕の20歳は、「人生」っていうバンドをやりながら東京で一人暮

    irureme
    irureme 2010/04/26
    >要するに、プロ野球の7回に打ち上がる花火みたいなもんなんですよ(笑)