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社会と個性に関するislecapeのブックマーク (3)

  • 使わない個性は、要らない個性。 : 404 Blog Not Found

    2009年02月28日13:30 カテゴリLove 使わない個性は、要らない個性。 ひらがなが一つ違うだけなのだけど、それで全然違ってしまうのだから日語って難しい。 『使えない個性は、要らない個性。』 - シロクマの屑籠(汎適所属) どうやら、実社会の世界では『使えない個性は、要らない個性』だったらしい。違うんだよ。 要らない個性は、使えない個性じゃない。 使わない個性が、要らない個性なんだ。 誰が?自分が! 自分が使わない個性が、自分にとって要らない個性、ということなの。 個性をむしろ殺して“花屋に並ぶ花”となるのか? それともナンバーワンを目指して修羅の道を目指すのか? 花って買わなきゃ手に入らないものなの? 人に売る分まで作らなきゃいけないもんなの? あなたはものごとは買わなきゃ手に入らないものだと思っているんじゃないの? そのためには、個性でも何でも売って、必要な金を手に入れなき

    使わない個性は、要らない個性。 : 404 Blog Not Found
    islecape
    islecape 2009/02/28
    自分に見限られる個性。
  • 使えるかもしれない個性 - よそ行きの妄想

    『『使えない個性は、要らない個性。』 - シロクマの屑籠』を読んで。 反論というほどのことでもないが、どうもこちらの元記事は因果関係がおかしいと思うし、通時的な視点も欠くと思う。それに、使えない個性は要らない個性という切り捨ても些か乱暴に過ぎると思う。 個性重視は社会の風潮の結果か 元記事では、社会の風潮として「個性」が賞賛された結果として、『個性を礼賛し、個性を追求し、“自分らしさ”へと突き進んだ青少年の大半は、個性を賞賛されることもないまま、自分は個性的だという不良債権と化した自意識を胸に、平凡な日常をのたうち回っている』と述べられるが、ではその社会の風潮が「個性」を賞賛する前は、そういう青少年はいなかったと言えるのだろうか。 ネットで有名な「中二病」患者が、あてもなく「自分探し」の旅を始めるのはいまや黒歴史としてネタ化されるほどに周知の事実だし、私が知る限り、1978年には『モラトリ

    使えるかもしれない個性 - よそ行きの妄想
  • (個性 / 社会) × 能力 = 「適性」 - 世界のはて

    「使えない個性」も、人にとっては無価値ではない ・『使えない個性は、要らない個性。』 「俺はこんなにSTGが上手いのに、それを認めない日は間違っている!韓国のようにプロゲーマー制を一刻も早く導入し、日が世界に誇る貴重なゲームプレイの才能を活用すべき!」 と憤っていた若かりし頃の僕(参照)にとっては耳が痛い話、ではあるw このエントリでid:p_shirokumaさんが言っていることは、娑婆の一面の真理ではあると思うんだけど、価値基準を社会や他人に置いた方向にバランスが偏っているな、と感じる。 僕の「STGが上手い」という「個性」は、確かに社会ではほとんど「要らない個性」ではあるんだけど、それは社会にとっての話であって、僕自身にとってこの個性は、大きな楽しみとして人生を充実させる一助となっており、それは無価値ではないと日々感じている*1。 http://d.hatena.ne.jp/p

    (個性 / 社会) × 能力 = 「適性」 - 世界のはて
    islecape
    islecape 2009/02/27
    今日の新聞で、会社を解雇された人が、プロにはなれないと自覚した自分の才能を心のよりどころにして生きていく、みたいなことを言っていた。自分の価値はまず自分が認めるしかない。
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