プログラムを打ち込む小学生の頃、そして『信長の野望(初代)』 いまでも深夜、妻子が寝静まった後で仕事を終えてゲーミングPCに電源を入れsteamを立ち上げる時が最高の喜びだ。はるか37年前、小学生だった私が親父にせがんでPC-8001mkIIを買ってもらい、『マイコンベーシックマガジン』に掲載されているクソゲーのプログラムを打ち込んで、全然面白くないけど自分が苦労して打ち込んだゲームなのだから楽しいと自分を納得させながらも、N-80 BASICが貧弱なグラフィックでゲームの世界に連れて行ってくれるという興奮を呼び覚ましてくれる。 写真はイメージ ©︎iStock.com 技術は進歩して、ゲームもそれと共にどんどん表現力を強化していったのだが、ゲームが描き出す世界を自分の認識野に置き換えてのめり込むという作法はいまと変わらない。当時、光栄であった日吉の会社が紡ぎ出した『信長の野望(初代)』が
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