賃貸暮らしのわが家の地震対策【揺れから命を守る編】 以前のブログでも記載した、防災の優先順位に基づいて対策を進めています。まだ手をつけられていない部分もありますが、ある程度まとまってきたのでざっくりとご紹介していきます。 優先順位別に改善していっているため、今回は主に地震の揺れ対策がメインになります。…
賃貸暮らしのわが家の地震対策【揺れから命を守る編】 以前のブログでも記載した、防災の優先順位に基づいて対策を進めています。まだ手をつけられていない部分もありますが、ある程度まとまってきたのでざっくりとご紹介していきます。 優先順位別に改善していっているため、今回は主に地震の揺れ対策がメインになります。…
「流行り」のタグで合ってるのかどうか分かりませんが。 前に一度書いていますが、僕にとって、宗教は信仰の対象ではなく、興味の対象です。つまり、好奇心の対象です。儀礼的に宗教行事に参加するときは、敬虔な気持ちよりも、興味本位な気持ちが勝っていることが多いですね。 どうも、僕は、宗教が(好き嫌いで言うと)好き、らしい。 でも、信仰しているわけでもない。そこは一線を引いておきたいと思っている、みたいです。 で、『good2ndの日記 - 穏健な宗教』という記事に対して、はてなの論客たちがいろいろお書きになっていらっしゃるわけですが、まぁ、宗教と科学を対立概念として捉えるのではなくて、補完関係になっていると考えた方が、それこそ「穏健」なのではないか、と僕なども愚考するわけでして。 『NC-15 - 宗教と科学って共存というより、全然別物のものだと思うが?』や、『大学生ニートblog - 科学はいつも
id:good2ndさんという方が、宗教と科学が共存しうるかについて疑問を呈しておられた(■神の存在について(児童小銃)経由)。 ■穏健な宗教(good2ndの日記)。 ちょっと前の話題ですが、ニセ科学がらみで「穏健な宗教と科学は共存できる」というような言い方がされてました。でその、「科学と共存できる穏健な宗教」ってどんなんだろう、というのがどうもよくわからない。「穏健」というのが、単に狂信的でないとか暴力的でないとか反社会的でない、というのであれば、まあ日本にある大抵の宗教は穏健ということになるんでしょうが、「科学と共存」というのがどうも。科学者の人とか信者の人とかは結構はっきりした考えがあったりするんでしょうかね。よくわからないので、科学も宗教もろくに知らないなりに考えてみました。 私自身は無宗教であるけれども、宗教と科学を両立させうることは別に不思議には思わない。ある特定の宗教を信仰
“この間、女子短大生数人と酒を飲んでいたら血液型の話題がでました。まあ、よくある血液型の当てっことかしていたわけなんですが、その時に教授が「『A型』って言えば40%の確立で当たるし、『A型かO型』って聞けば70%の確率で当たるよな」と発言したら、「だからあんたはモテないのよ」とか言われました。いや、モテないのは事実ですが血液型ごときで正面きって『モテない』と断言される教授っていったい…” (http://psychology.jugem.cc/?eid=41 「いんちき」心理学研究所より) 上記引用のブログの管理人“浅野教授”がどういった方なのかは判然としませんが、この女子短大生の「だからあんたはモテないのよ」という一言は非常に興味深いものに思えます。 木村剛さんのブログ(http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/6340865)で血液型性格判断がか
今、宗教の力が死んだように、将来、金の力がなくなった時に又別の危機が発生するだろう。 アイザック・アシモフ著 「ファウンデーション」より 引き続き、ファウンデーションネタで申し訳ないけれど、これは非常に面白いセリフで、今も忘れられない。 本日も、相変わらず、ファウンデーションのネタばれを含むので、まだ読んでいない人は、読まないで下さい。 時代時代によって、権力者は、その権力を正当化する、あるいは手に入れるために、何がしかの力を必要とする。 宗教の時代、イスラムとキリスト教の権力者は、その力を神と来世の利益で正当化した。自分は神に選ばれた代理人であり、その力にそむく人間は、神の力によって地獄に落ちるとされた。 地獄の恐怖と天国の利益こそが、彼らの権力を正当化し、その教義を人々に守らせた利益そのものだった。 だが、宗教の力は、キリスト教圏において、最初につきた。 それを行なったのが、金の力だっ
“今こそ徹底的な教育を施して、一から叩き直さなければ。 誰をって?決まっているじゃない。大人を、だ。” “特に「心の教育」みたいなものを強化したいなら、明らかに大人のほうが順番として先だろう。” H-Yamaguchi.net (http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/12019621) 基本的には賛成です。 “教育とは、社会を映す鏡であり、またその反映にすぎない。教育は社会を模倣し、それを縮図的に再現しているのであって、社会を創造するものではない。国民自身が健全な状態にあるとき、はじめて教育も健全なものとなるが、それはまた国民と共に腐敗するものであって、自力で変化することはできないのである。もし道徳的環境が腐敗していれば、教師自身もそのなかに生きているのであるから、かれらにもそれが浸透しないわけにはいかない。”とE・ディルケムも述べたのと同じこと
松永さんの回顧録おもしろい。自己啓発セミナーに関わっていた頃の話のところ。 アッパー系の技法で短期間に成果を上げようとするところに無理があるとか、いろいろと批判もあるようだが、使える考え方も多く含まれていることは確かだし、一時的にしろ人の行動を変える力があることも間違いない。セミナーだからといって闇雲に批判したりするのは、かえってその本質を見失うことだろう。 オウム・アレフ(アーレフ)の物語●PART 3-6●ライフダイナミックス 「闇雲に批判」する側の人間の理も述べておこう。 ライフダイナミクスを日本に広める役割を果したのは、ライフダイナミクス日本法人の親会社“アーク・インターナショナル”の会長島津幸一という人物。 彼は2ちゃんねる用語ではなく本当の香具師だった。『』という本の中ではこう描写されている。 六〇年代後半に香具師(テキヤ)商法をアレンジした催眠商法の会社「新製品普及会」(いや
http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20060902ここで紹介されている「日本教育再生機構」の呼びかけ文を読むと、「それなんて宗教団体?」と思わずききたくなってしまう。さらに私たちは、あらゆる文明を巧みに受け入れてきた「日本文明」の中に、ゆきづまった現代の世界を救う力が秘められていることを信じ、世界の人々の幸福のため、広く海外へもそれを伝えていきます。教育の力によって汚されたものは、教育の力で清めることができます。教育の力によって衰亡したものは、教育の力で再生することができるはずです。↑こことか。なんかほっとくと日本は全体主義だとか国家主義だとかいう以前に、宗教指導者の出す指令や教義や道徳条項がそのまま法律になって片っ端から住民を取り締まって「教導」しようとするような、イヤンな宗教国家になってしまうのではないだろうかと不安になってきた。サヨクのスローガンもお
「スルーできない病」ってかまってちゃんだと思ってる - MOHI-FACT - モヒカン族 これを「うわ今更(失礼)タイトルが変わったのか」とか思いつつ読んでいて 気にいらないブロガーを追い詰める方法:ekken この手法の有効性について考える。 とりあえず、「気に食わないので黙殺する」という行為は「構われて満足する」ことを奪うという目的ならかなり有効な手段だとは思う。が、気に食わない度合いがそれだけに留まらなかった場合にどうするか。というか、「構う⇔スルー」という点だけではなくて憎悪とか恨みとかを持ってしまった場合。 黙殺した対象というのは構われずにフェードアウトしていく。それはある意味で、己に疑いを持たないまま、幸せなまま死なせてあげる的な捉え方も出来る。 この理屈でいくと、(やさしい/ひどいは善意/悪意とかでもいいか) 対象をスルーし黙殺することは慈悲であり、スルーする人は「やさしい
これ→指輪世界の第二日記 - なぜ人を殺してはいけないのか? まぁ、一理あるっちゃあるかもしれませんが、こういう答えでは、みちアキさんは納得できないですよね。やっぱり→http://d.hatena.ne.jp/michiaki/20060619 僕にとっても、みちアキさんとはちょっと違う観点からかもしれませんが、違和感を感じてしまう記事ではありました。なんというか、頭の中で理論・理屈をもてあそんで書かれたような印象を受けて、実感が伴っていない文章のような気がしてしまいました。 じゃあ、お前はどう考えてるんだよ、と言われたら、それに答えなくちゃいけないんでしょうね。 この問題は、以前別ブログでも書こうとしたことがあるんですが、その時はどうもうまくいかなかった。それから少し違うことを考えたりしているので、それを書いてみます。 たしか6月10日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』という番組
去る09年7月16日のトムラウシ山での遭難事故で亡くなられた方へ心よりご冥福をお祈りいたします。 はじめてご訪問の方はこちら(自己紹介および投稿リスト等)をご覧ください。
はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました 以下のエントリの通り、今年末を目処にはてなグループを終了予定である旨をお知らせしておりました。 2019年末を目処に、はてなグループの提供を終了する予定です - はてなグループ日記 このたび、正式に終了日を決定いたしましたので、以下の通りご確認ください。 終了日: 2020年1月31日(金) エクスポート希望申請期限:2020年1月31日(金) 終了日以降は、はてなグループの閲覧および投稿は行えません。日記のエクスポートが必要な方は以下の記事にしたがって手続きをしてください。 はてなグループに投稿された日記データのエクスポートについて - はてなグループ日記 ご利用のみなさまにはご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 2020-06-25 追記 はてなグループ日記のエクスポートデータは2020年2月28
まあまあ、リスカの前にうまい棒でも食べて。 と、冗談はそのくらいにして。 ・はてなブックマーク - livedoor ニュース - 死にたいと思ったあなたへ、自殺3万人の時代に告ぐ すごい不評でありまして、あたりまえです。それはこの人が「私は宗教に救われました!死にたいと思ってる人は僕の宗教においでよ、なんとかしてあげるぜ!」という立ち位置にいるからなんじゃないかな、と。 死にたいと思ってる人は、なんとかして欲しいとか、救って欲しいとか、そんなことを思っていないでしょう。そんなことも思えないほどになってしまったから、だから「死にたい」のだと思う。 死にたいという気持ちは飽くまでも個人的な物で、誰にでもこれが効きますよ!なんて特効薬はないし。 じゃあどうすればいいか。 まずね、本屋かコンビニで「ザ・テレビジョン」を買ってきなさい。で、一週間の番組表を見てね、何か見たい番組があったらOKです。
誰かのブログで下記の「飲酒が宗教を信仰するより優れている8つの理由」を見て、なるほどなと思いコピーしていた。 そして、それがのっている米原万理著「真昼の星空」を買って読んだ。 その本の中では「飲酒が宗教を信仰するより優れている8つの理由」は特筆ものだ。 「グルジアの、とある居酒屋に書いてあった注意書き」とあり、大好きな絵描きのニコ・ピロスマニの国のグリジアである。 1.未だ酒を飲まないという理由だけで殺された者はいない 2.飲む酒が違うという理由だけで戦争がおこった試しはない 3.判断力のない未成年に飲酒を強要することは法で禁止されている 4.飲む酒の銘柄を変えたことで裏切り者呼ばわりをさせることはない 5.しかるべき酒を飲まないということだけの理由で火あぶりや石責めの刑に処せられた者はいない 6.次の酒を注文するのに2000年も待つ必要はない 7.酒を売りさばく為にインチキな手段を講じる
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