人間が変化(あるいは成長)するということは、同じものを入力しても、過去になら返したであろう出力と違う出力を返すようになることで、つまり、過去の自分との一貫性を失うことだ。だから、一貫性を捨てなければ、自我の成長とか変化はありえない。なのに、他人に過去との一貫性を糞真面目に求める者の、なんと多いことか!
http://www.kenshirou.com/nikki/nikki/0605/060528.htm全体的に突っ込みどころ満載だが、こういう考え方の人はたぶん大勢いるのだろう。特に取り上げたいのはここ。「育児は大変だ!」。では、いつの時代から大変になったのだろうか。私は男ばかりの4人兄弟。が、母親から「大変だった」なんて聴いたことがない。むしろ「成長が楽しみ」だと言っていた。「大変だった」ときいたことがない=大変ではなかったのだ、とベタに解釈してしまう想像力のなさが素敵すぎる。いちいちそんなこと子どもに言わない親だっているだろうし、たまたま松浪氏がきいてなかっただけかもしれない。かりにほんとにお母さんは大変だと思っていなかったとしても、松浪家の事例だけをもって、育児は大変ではないと言うことはできないだろう。「成長が楽しみ」ってのが嘘だってことじゃない。いいお母さんだったのだろうなと思う
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く