Web2.0という言葉は大変に便利な言葉である。専門記者が独占していた言論や報道を、「全ての人」に開放し、相互に流通させさえすれば、Web2.0的であるということになり、何か特別な価値があるように見える。このように「特権」を一般に開放してしまうと、質はともかく、世に記事を書きたい人は ごまんといるから、表面上は活気が溢れ、あたかも何か新しい価値が実現化されている過程のように見える。社会をより活性化し、我々自身をも、よりよい方向に変えていってくれるようにも思える。だが、本当にそうなのだろうか。 かつてライブドアの堀江貴文氏は、ライブドアニュースの創設に当たって、こんなことを言っていた。 ライブドアは、「市民記者」を募集し、自らのサイトのニュースに自前の記事を載せ始めている。 その規模を拡大し、既存メディアの情報も取り込みつつ、ニュースサイトを充実させていくつもりだという。 そして、新聞を発行