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ブックマーク / screammachine.hateblo.jp (19)

  • 2006-11-27

    龍一の「ジャージが不愉快」「一人でご飯をべている人も不愉快」という発言に対して、ブログを辿ってみたら「そんな人だとは思わなかった」という意味のコメントが載っていて驚いた。ぼくは特に坂龍一が好きでも嫌いでもないけれど、彼は常に「そんな人」だったと思う。 坂龍一は、昔も今もあんな感じだと思う(ココロ社) 私も、糸井重里と坂龍一を好きでも嫌いでもない。だから言いたいことはわかる。だけど、これじゃあ「お前ら昔の教授を知らないの?m9(^Д^)プギャー!!」にしかならないんじゃないの、という疑問を持つ私だ。 たとえば話題になったジャージの文章を読んでみよう。 坂 他人に対する、何ていうのかな。 境がわかってないっていうか。 それに近いものを感じる。 http://www.1101.com/kyoju/03.html なるほど、ジャージはむきだしだと。これではジャージでコンビニに行く

    2006-11-27
  • 老猫殺し。-絶叫機械+絶望中止

    中学二年の秋、美術部の友人が死にかけの老を拾った。家の前で雨に濡れて、顔は疥癬で腫れあがっていた。飼っていた犬が吠えたので気づいたのだそうだ。近所に住んでいるその友人は、慌てた様子で私に電話をかけてきた。 「手伝ってほしい、が死にそう」 私が友人の家に着くと、はタオルで巻かれ、ダンボール箱に入れられていた。大柄な友人が、ずいぶんと小さくなってダンボールの横に座っている。雨よけにたてかけたビニール傘からはみ出てたジャージの肩が、しっとりと濡れていた。 友人が行きつけの動物病院まで五分。小柄な私が箱を持ち、友人が傘をさし、互いに軽口を叩きながら向かった。抱えたダンボール箱から体温が伝わってくる、はガリガリにやせているのに、重かった。 飼っていたわけでもないんだけど、家の前で死なれたら寝覚めが悪いからさ、と友人が言った。私は友人が抱えている課題を思い出し、作業が遅れた良い言い訳になるじゃ

    老猫殺し。-絶叫機械+絶望中止
    j708
    j708 2006/11/21
  • 絶叫機械+絶望中止 - いま、小学校へ通っているぼくへ。

    先日の被害妄想騒ぎ(私が騒いでただけ)は、相手方のコメント削除という結果に落ち着いてしまったので重ねて書きますけど、私が悪いんですからね。私が相手のコメントから悪意を勝手に感じ取って、ショックを受けて、騒いで、鎮まって、謝った、ってことであって、相手方が何かトンデモないことを書いていたわけではないです。 で、話は変わるんですが、mixiで議論した(最悪だこのひと)。 なんかここ数日興奮しているのはですね、原因はわかってるんですよ。 果てしなき渇き 作者: 深町秋生出版社/メーカー: 宝島社発売日: 2005/01/27メディア: 単行 クリック: 82回この商品を含むブログ (57件) を見る これを読んでるからだ!(ほんと最悪だこのひと、深町さんのせいにするつもりですかよ) これを読んでいると、血が沸騰し、体温が上がり、瞳孔が開き、打鍵速度が増す。 実際脚仕事やってて一晩で直し終了し

    絶叫機械+絶望中止 - いま、小学校へ通っているぼくへ。
  • 絶叫機械+絶望中止[フィクション]書くことがなくなったときには。

    要約:「書くことがなくなった」という問題自体に疑問を持とう。 何のために書いているのか、なんて、考えるだけムダ。 ナイスなブログを続けるためには一定の間隔で更新しなければならない。しかし、いつでもナイスなエントリが書けるわけではない。特に、大きな反応があった直後に書いた、自信のあるエントリの反応が薄かった場合などは、どうしても、その次に書くのはいいわけじみたものになりがちだ。 いいわけじみたエントリは、二重の意味で悲惨な結果をもたらす。 第一に、普段から君のブログに共感している読者にとって、そのいいわけは蛇足に過ぎない。君はサービスのつもりでそれを書いたのか?それとも理解されていないかもしれないという不安から?後者ならそのエントリは即削除するべきだし、前者なら少し生き方を改めた方がいい。 私もよくやってしまう失敗の中で、最悪なものは「他者の善意を悪意と取り違える」というものだけど、その次に

    絶叫機械+絶望中止[フィクション]書くことがなくなったときには。
    j708
    j708 2006/11/07
  • 空には鳥、世界には意味が。 - 絶叫機械

    昨日書いたトリは歩くとき、なぜ首を前後させるのか。に対するid:nekoprotocolさんのコメント 世界には意味がありすぎる。すごいよ世界。 というのがひどく私には感動的で、ああ、私はそうやって世界の意味を――この場合は「おそらくこうだろうという理由」か――知りたいし、わかりたい、そして皆とその知識を共有したいのだな、と確認させられた。 先日、上司から「細胞ってのは、自分で自分をい殺すんだろ」と、何の前置きもなく言われたので眩暈がした。普段はそのようなことに興味のあるひとではない。彼はNHKの特番を見たのだと言った。 「死ぬ時期が近づくと、細胞は自分から死んでいくんだってな」 「テロメア、ですかね、遺伝子には死ぬ時期がプログラムされているんだそうです」 「何で死ぬんだろうな」 「それは、癌細胞の増殖を抑えるためだとか」 「そうか。ずっと生きてたら、人間ってのはどういう精神状態になるの

    空には鳥、世界には意味が。 - 絶叫機械
  • 猫は猫を殺すこともある。 - 絶叫機械

    要約:を殺してもいいが、殺さなくてもいい。ナチを例えに出すのはよくない。あとペットは全部奇形、かわいい。 バンドー・ザ・キャットキラーこと、直木賞作家で子殺しの坂東眞砂子さん(48)が怒られたのにびっくりして真意を説明にかかったわけですが。まあその言わんとすることは多くのひとが知っていたわけで、次に何を言うかは注目の的でした(おもにおれの)。ところがこれだ。 もうひとつ、避妊手術には、高等な生物が、下等な生物の性を管理するという考え方がある。ナチスドイツは「同性愛者は劣っている」とみなして断種手術を行った。日でもかつてハンセン病患者がその対象だった。 他者による断種、不妊手術の強制を当然とみなす態度は、人による人への断種、不妊手術へと通じる。ペットに避妊手術を施して「これこそ正義」と、晴れ晴れした顔をしている人に私は疑問を呈する。 http://news.livedoor.com/w

    猫は猫を殺すこともある。 - 絶叫機械
    j708
    j708 2006/09/23
  • 絶叫機械+絶望中止 - [ふしぎ]脳のタイミング問題について。

    君が何かをしようと思ったときよりも先に、脳がうごめいて何かを決定している、という話がある。ベンジャミン・リベットというひとがやった実験では、そのことが証明されてしまった。およそ300ミリ秒から500ミリ秒、君が決めたと思ったよりも先に脳は何かを決めているのだそうだ。 この実験、スポーツとか、楽器とか、演技とか、その中でもタイミングが重要でかつアドリブ性の高いものを日常的にやっているひとなら、何がおかしいの?と思うだろう。なぜなら彼らは日常的に意識と行動の遅延を体験しているからだ。というよりむしろ「行動する肉体」があまりに早く、それを「意識する私」があまりに遅いことを、知っている。 じゃあやっぱり脳にせよ肉体にせよ、精神とは別の何かが支配していて、君はその奴隷なんじゃないか、自由意志なんてないのじゃないか、という安易な結論に飛びついてどうだ怖いだろう、というのがてつがくのいつものテクニックで

    絶叫機械+絶望中止 - [ふしぎ]脳のタイミング問題について。
  • 小さなウソほどむずかしい。 - 絶叫機械

    昨今作られる日戦争を題材にした舞台ってのは、だいたい誰かのために死ぬということが描かれていて、でもそれは嫁さんとか好きな女の子とか母さん父さんありがとうとかになっていて、観るたびにそれはお前欺瞞ではないのか、と思う。これは全然高尚なレベルの話ではなくて、もっとどうしようもない、たとえば昔見た舞台で、彼女や嫁さんや家族もおらん兵隊が、炊き出しのおばさんのために死ぬぞおれは、といって特攻している話があって、クソが、とりあえずそのばばあと一発やってから言え、とか、そういう話だ。 もちろんやるとかやらないとかが重要なのではない。誰かのために死のうにも、相手も何もない連中が大半で、死ぬべき理由もないのに殺されるにはキツすぎるから、天皇がその役目を負ったんではないか。それをお前、炊き出しのおばさんで代替するのはちょっとズルくないか。というわけである。いやしかし、結局やっぱりどう考えたって「何かのた

    小さなウソほどむずかしい。 - 絶叫機械
  • ひでーものを見た。 - 絶叫機械

    とあるレンタルスタジオでの話。 どっかの劇団が稽古をしている。現代の日が舞台の、密入国した中国人が出てくる話らしい。そんで、その中国人役が(日人が演じてるんだけど)自分たちを迫害する日人に対して「日人勝手よ!迷惑よ!わたしたち中国人、がんばってるよ!お前たち日人、がんばってるか?!いつもまわりのせいにばかりしてないか?社会、世間、世の中が悪い?!わたし、お前たちを許さないよ!」みたいなこと言うのよ。 これは、みっつのレイヤーで哀しい。 まず一層目。この脚、書いたの日人なんだ。日人が中国人の口を借りて日人批判しているわけだ、これがまず哀しい。おれは、当事者じゃないくせに当事者視点になったつもりでものを言うのは哀しいと思う。哀しいというかさもしい。そのくせ等身大の自分とか言いやがってよう、お前身長何メートルあるんだよ。 次、二層目。演じてる奴のセリフまわしが「ニホンヂン、カテ

    ひでーものを見た。 - 絶叫機械
  • 絶叫機械+絶望中止:[モヒカン族]死なず、そのまま腐る。

    モヒカン族におれが入ったのは、モヒカン族の理念、つまり余計な注釈の入らなかった開設当初の理念が美しいと思えたからです。 それは、間違いを認め、正しい答えが出るまで何度でもやりなおし、効率を求めながら、物事を良くしていく過程でエレガントな方法を選ぶ、というものです。 ところがもちろん、そんな完璧超人はいないし、なることも難しい。だから「モヒカン族」の中に入っているのは「似非モヒカン族」と呼ばれる、モヒカン族ワナビーです。 少なくともぼくはそう考えています。 ワナビーだから間違えることもある、理想と現実の差は大きい、けれど理想とすべきモヒカン族の理念を曲解し、自分の都合のために利用することだけは、避けなければならないことです。 共産党に話を例えると、今は共産党員の中にも有神論者がいて、それが指導者みたいな位置にいるわけだから、まあ恥ずかしい話です。 そうか、うん、とここでないしょ話の記事を読み

    絶叫機械+絶望中止:[モヒカン族]死なず、そのまま腐る。
    j708
    j708 2006/08/16
  • デッサンてなあ便利な言葉のように見えましてね。 - 絶叫機械

    Amazonのキム・ヒョンテ画集のレビューより。セカイは広いなあ。どうも絵描きらしいんだけど、この人の考える「デッサン」を知りたい。 http://d.hatena.ne.jp/kanose/20060728/kim この記事を見て、マンガにおけるデッサンて何なのかを考えてみよう、と検証画像を作ったんだけど、なんか詳しく説明しなくても見たらわかると思ったよ。デッサン、つまりこの場合は立体としての構造の破綻は、ある場面において確実に起こっています。でもそれでいいんじゃないですか。なぜなら同じ画面上で物体の移動を表現するためには、意図的にデッサンを狂わせる必要があるからです。 検証用に使ったのはここの画像です。横たわった絵なのに、こちらへ向かう視線を感じます、それはなぜか? 元画像  元画像から切り抜き。 輪郭線ごと左右反転  輪郭線のみ。 輪郭線を輪切りに。 上方から見るとおそらくこう。で、

    デッサンてなあ便利な言葉のように見えましてね。 - 絶叫機械
  • 2006-07-04

    熱・ライブ感に乗らなきゃ!あとで乗るなんてまっぴらだ!同時代性もねぇやつがよ!って言われちゃうよ! http://chaosroute.g.hatena.ne.jp/nekoprotocol/20060703/1151933513 マジレスすると、再放送運動に明け暮れた70年代。映画版で祭った80年代。テレビと雑誌の連動でやっとリアルタイムで祭れるようになったけど地域格差のあった90年代。そんでネット効果で更に祭りが早い00年代、みたいな。世代論じゃなくて、単に媒体の進歩が祭りを加速する、って話なので、テキトーってわけでもないかも。 でも祭ってる内容は一緒なのな。○○のシングルをオリコンチャートで一位に運動、とか。 『鏡の法則』とかいうのがはやってて、ちょっといやだなあって思ったのでその話。 続きを読む 「そんな風に思うあなたの心に問題があるのだ」ってことになるんで、もし上記エントリに対し

    2006-07-04
    j708
    j708 2006/07/04
  • 絶叫機械+絶望中止-[ふしぎテクニック]それでもいいと言うのなら

    徹夜仕事を終えて、バタリ倒れて数時間、寝起きざまに見た夢がこれ。 おれはすごい金持ちだから自家用ジェットで空を飛ぶ。 夜のメガロポリスは月明かりに照らされて青く光るぜ。あっ、とてつもなくでかいジャンボジェット機が墜落する!でかいからすげーゆっくりとビルの間に吸い込まれていくぜ!(いい夢)。 自宅に着陸すると、なんかガラスと鉄で出来たトレイラーハウスを連結したみたいな豪邸だぜ。ガラスに見えるのはすげー硬い鉱物で、太陽光の下では色がかわるらしいけど、なんかトレイラーハウスっぽい(まだいい夢)。 家に入ると誰かの気配がするぜ、ちなみに廊下は全部間接照明、オシャレだ!ガラスっぽい扉の向こうのベッドルームに、長い足が見える。おれはなんと理想の女を遺伝子操作で作り上げて、それを愛人として飼っているのだぜ、なんてったって金持だからな!ベッドに入り込むと、起きた女がからみついてくるぜ、この感触、たまらない

    絶叫機械+絶望中止-[ふしぎテクニック]それでもいいと言うのなら
  • 2006-06-18

    気になったことをいくつかクリップ。 リスペクトといえばブロンソンズだなあ。小関も誰かと二人で「ナンシー関ならこう言うね」って全然的外れなことを(わかったうえで)書いてりゃ良かったのに……って思ってたらなんとまあ、もう誰かと二人でやっていました。もちろん素で。 先日、『アサヒ芸能』が届き、そこに新連載としてテレビ時評が載っていた。書き手は今井舞、イラストはナンシー小関という人だ。 http://o4kiri.exblog.jp/3539541#3539541_1 ライター今井舞についてはこちら参照、今回の連載とは関係ないですが。 〈春の新ドラマ関係者の方々、こんなに鋭く斬って、ご免なさい!(略)そして、読者の方々にもお詫びします。こんなに笑わせすぎて、ご免なさい!!〉 http://masuno-tanka.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_e89e_2

    2006-06-18
  • 2006-06-17

    『平成武装正義団』から、神風零。素材はファンド。 だいぶ虎眼塔仕上げる自信ついてきた。もう一歩。 ナンシー小関の存在が、おそろしい、という話。 *ナンシー小関というのは、ナンシー関へのオマージュと称してパソコンで消しゴム版画風の画像を作っているひとのことです。 http://mixi.jp/view_community.pl?id=356546 この違和感、不快感、異物感、どうしようもない。 たとえばおれが、絵をモデルに造形物を作る。 虎眼塔や、フリーザや、神風零を作る。 その造形物が、それなりに評価されて、おれが死んだとする。 死んだあとで、誰かが造形物のモデルとなった絵を、パソコンで加工して、造形物を写真に撮ったかのように加工して、おれへのオマージュだと、ネットで発表したとする。 おれは、そいつを、その誰かを、殺してやりたいと思う。 おれが彫刻刀を握って、数ミクロンを削りながら、絵の持

    2006-06-17
  • 絶叫機械+絶望中止[ふしぎ]ホロフォニクスって結局なによ。

    タコ糸でしばって、焼き目を入れて、ラップでくるんで煮て、冷蔵庫で寝かせた。 チャーシューみたいな味になったよ。うまい。 吉田戦車の妹がローストビーフったときに「牛肉の焼豚」と言った話を思い出した。鶏肉の焼豚。 味は濃いし塩っ辛くもないので漬け込んだ意義はあったと思う。酒のつまみ。あと米に合う。 くそー、燻製マッシーン買おうかなあ、煮るのは飽きた。 左右だけでなく前後上下にも音源が移動しているように感じてしまう、脅威の音響システムホロフォニクス。 調べてみるとこんな原理。 耳が音を出していて、その参照音と外界の音の干渉を脳が読取ることによって、位置情報を得ている。 合成した参照音とともに外界の音を録音する。 再生すれば、脳は自分自身の参照音波を出し、脳はその情報を解読しその録音された周囲の状態を再生する。 つまりホロフォニクスは、レーザー光を使ったホログラムの音響版と言えるような原理である

    絶叫機械+絶望中止[ふしぎ]ホロフォニクスって結局なによ。
  • 絶叫機械+絶望中止 - [ふしぎ]目で音を聴く。

    スピーカーの上に板を置いて、その上に塩かなんかふって、ピーッて音程をあげてくと模様ができる、という映像。 http://www.youtube.com/watch?v=Zkox6niJ1Wc http://youtube-105.vo.llnwd.net/d1/01/C5/Zkox6niJ1Wc.flv 目や耳というのは、手と同じ外部感覚器官なので、乱暴に言うと互換性がある。脳はそれらの器官から入ってくる情報を、整理しやすいように分類する。映像なら「これは四角い」「これは丸い」「手前から奥に伸びている」と分類するし、音なら「遠くか近くか」「前後左右」「高いか低いか」を分類する。 こうやって文字に書くとわかりやすいな、音も光も感覚器官にとっては同じ「波」なのだね。波長の高低と強弱で、おれらは自分のまわりに何があるのかを知るのだ。脳は頭蓋骨の中で、世界ってこんなんかな、と想像している。それをお

    絶叫機械+絶望中止 - [ふしぎ]目で音を聴く。
  • 最近の若いもんは教養がないのかどうか。

    虫博士のエントリ 最近、職場で、「最近の若い衆は最低限の教養すらない」というぼやきがあって、彼らのために「これだけは知っておけよ」というリストを年長者が作るべきではないか、という提案があった。まあ、俺もその立場上、そのリストを作らなくちゃいけないんだけど……憂だ。 http://d.hatena.ne.jp/nishiogikucho/20060530/p1 この話のグっと来るところは、ラストの「教養とはリスト化できない何か」というところだ。おれが想像したのは、運動する物体の持つエネルギー、放物線を描いて飛んでくるボールの、まさに飛んでくるさま。若さとイコールで結ばれることの多いそういう力が、最近の若者からは感じられないと博士は嘆く。 ほんとうにそうだろうか?最近の若いもんはそういうエネルギーに欠けているのか? 「ところで最近の若い衆は、背伸びをしない印象がある」という話になった。自分が

    最近の若いもんは教養がないのかどうか。
  • 2006-05-28

    しかし壇上で「オタクは死にました。みなさんの言葉を広く伝える評論家もこれからはいません……」と語っているうちに、感極まって壇上で言葉を何度も詰まらせる。 http://d.hatena.ne.jp/kasindou/20060524 もうとっくに死んでいたんだけど、それを改めて壇上で見つめなおしたときに言葉を失った、という風情にキュムる。オタクと分類されるべき文化集合は、確かにあった。そしていまはもうない。 id:zozo_mix:20060527#1148745190 おーい、みんな、相手は岡田斗司夫なんだよ! 基的には今でも商売人でプロデューサであることを忘れてはいないか? http://www.st.rim.or.jp/~nmisaki/ 「ごじらはね、ほんとうはいないんだよ、あれはえいがなんだよ、だからこわくないよ」って感じかしら。 id:Hayashida:20060527:1

    2006-05-28
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