ブックマーク / bonjin5963.hatenablog.com (474)

  • 遣新羅使人の歌(34)・・・巻第15-3691~3693 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 3691 天地(あめつち)と 共にもがもと 思ひつつ ありけむものを はしけやし 家を離れて 波の上(うへ)ゆ なづさひ来(き)にて あらたまの 月日も来(き)経(へ)ぬ 雁(かり)がねも 継(つ)ぎて来鳴けば たらちねの 母もらも 朝露に 裳(も)の裾(すそ)ひづち 夕霧に 衣手(ころもで)濡れて 幸(さき)くしも あるらむごとく 出(い)で見つつ 待つらむものを 世の中の 人の嘆きは 相(あひ)思はぬ 君にあれやも 秋萩(あきはぎ)の 散らへる野辺(のへ)の 初尾花(はつをばな) 仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて 雲離(くもばな)れ 遠き国辺(くにへ)の 露霜(つゆしも)の 寒き山辺(やまへ)に 宿(やど)りせるらむ 3692 はしけやしも子どもも高々(たかたか)に待つらむ君や島隠(しまがく)れぬる 3693 黄葉(もみちば)の散りなむ山に宿りぬる君を待つらむ人し悲しも

    遣新羅使人の歌(34)・・・巻第15-3691~3693 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/26
  • まそ鏡敏馬の浦は百舟の・・・巻第6-1065~1067 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 1065 八千桙(やちほこ)の 神の御代(みよ)より 百舟(ももふね)の 泊(は)つる泊(とま)りと 八島国(やしまくに) 百舟人(ももふなびと)の 定めてし 敏馬(みぬめ)の浦は 朝風(あさかぜ)に 浦波(うらなみ)騒(さわ)き 夕波に 玉藻(たまも)は来(き)寄る 白砂(しらまなご) 清き浜辺(はまへ)は 行き帰り 見れども飽(あ)かず うべしこそ 見る人ごとに 語り継ぎ 偲(しの)ひけらしき 百代(ももよ)経(へ)て 偲(しの)はえ行かむ 清き白浜 1066 まそ鏡(かがみ)敏馬(みぬめ)の浦は百舟(ももふね)の過ぎて行くべき浜ならなくに 1067 浜(はま)清み浦うるはしみ神代(かみよ)より千舟(ちふね)の泊(は)つる大和太(おほわだ)の浜 要旨 >>> 〈1065〉八千桙の神の御代から多くの舟が泊まる港であると、この八島の国中の舟人が定めて来ていた敏馬の浦には、朝風

    まそ鏡敏馬の浦は百舟の・・・巻第6-1065~1067 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/25
  • 紅の裾引く道を中に置きて・・・巻第11-2655~2656 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2655 紅(くれなゐ)の裾(すそ)引く道を中に置きて我(わ)れは通はむ君か来まさむ [一云 裾漬く川を][ 又曰 待ちにか待たむ] 2656 天(あま)飛ぶや軽(かる)の社(やしろ)の斎(いは)ひ槻(つき)幾代(いくよ)まであらむ隠(こも)り(づま)ぞも 要旨 >>> 〈2655〉紅色の裳裾を引いて歩く道を隔てて離れているので、私が通いましょうか、それともあなたが来て下さいますか。(裳の裾を濡らす川を)(それとも待ち続けましょうか) 〈2656〉天を飛ぶ軽の社の槻の神木のように、いつまでこうして隠しにしておかなければならないのだろうか。 鑑賞 >>> 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」で、2655は、道に寄せての歌。「紅の裾引く道」は、紅い裳を着た女性が行き交うような、歩きやすく賑やかな大通りのこと。「中に置きて」は、隔てにして。つまり険しい山道や川を隔てているわ

    紅の裾引く道を中に置きて・・・巻第11-2655~2656 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/24
  • 海人小舟泊瀬の山に降る雪の・・・巻第10-2347~2350 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2347 海人小舟(あまをぶね)泊瀬(はつせ)の山に降る雪の日(け)長く恋ひし君が音(おと)ぞする 2348 和射見(わざみ)の嶺(みね)行き過ぎて降る雪の厭(いと)ひもなしと申(まを)せその子に 2349 我(わ)が宿(やど)に咲きたる梅を月夜(つくよ)よみ宵々(よひよひ)見せむ君をこそ待て 2350 あしひきの山のあらしは吹かねども君なき宵(よひ)は予(かね)て寒しも 要旨 >>> 〈2347〉泊瀬の山に雪が降り続くように、日々長く恋い焦がれてきたあの人の、いらっしゃる音がする。 〈2348〉和射見の嶺を過ぎて降る雪にあう、そんな苦労も厭わしいなどとは思っていないと、あの子に告げてほしい。 〈2349〉我が家の庭に咲いている梅の花を、月がよいころなので、毎晩お見せしたいとあなたをお待ちしていることです。 〈2350〉山おろしの風は吹いてはいませんが、あなたがいらっしゃらな

    海人小舟泊瀬の山に降る雪の・・・巻第10-2347~2350 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/22
  • 玉縵懸けぬ時なく恋ふれども・・・巻第12-2992~2994 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2992 玉たすき懸(か)けねば苦し懸けたれば継(つ)ぎて見まくの欲しき君かも 2993 紫のまだらのかづら花やかに今日(けふ)見し人に後(のち)恋ひむかも 2994 玉縵(たまかづら)懸(か)けぬ時なく恋ふれども何しか妹(いも)に逢ふ時もなき 要旨 >>> 〈2992〉声をかけねば苦しくてたまらない。声をかけたらかけたで続けて逢いたくなるあなたです。 〈2993〉紫色にまだらに染めた縵(かずら)のように花やかに、今日見かけたあの人に、後になって恋い焦がれるだろうな。 〈2994〉心に懸けて思わない時はなく恋い焦がれているけれど、どうしてあの子に逢う時もないのだろうか。 鑑賞 >>> 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。2992は、たすきに寄せての歌。「玉たすき」の「玉」は美称で、意味で「懸く」に掛かる枕詞。「懸けねば」「懸けたれば」はそれぞれ、心に懸けなければ、心に懸

    玉縵懸けぬ時なく恋ふれども・・・巻第12-2992~2994 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/21
  • 幼婦は同じ情にしましくも・・・巻第12-2921~2924 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2921 幼婦(をとめご)は同じ情(こころ)にしましくも止(や)む時も無く見むとぞ思ふ 2922 夕(ゆふ)さらば君に逢(あ)はむと思へこそ日の暮るらくも嬉(うれ)しくありけれ 2923 ただ今日(けふ)も君には逢はめど人言(ひとごと)を繁(しげ)み逢はずて恋ひわたるかも 2924 世の中に恋(こひ)繁(しげ)けむと思はねば君が手(たもと)をまかぬ夜(よ)もありき 要旨 >>> 〈2921〉幼婦の私だって、あなたと同じで、しばらくも休むことなく、絶えずあなたとお逢いしたいと思っています。 〈2922〉夕方になるとあなたにお逢いできると思えばこそ、日が暮れるのも嬉しく思います。 〈2923〉今日すぐにでもあなたにお逢いしたいと思うけれど、人の噂がうるさいので、お逢いせずにいつまでも焦がれ続けているのです 〈2924〉人の世で、恋の苦しみがこんなに募るものだとは思わなかったので

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    japan-eat 2025/01/20
  • ぬばたまの斐太の大黒見るごとに・・・巻第16-3844~3845 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 3844 ぬばたまの斐太(ひだ)の大黒(おほぐろ)見るごとに巨勢(こせ)の小黒(をぐろ)し思ほゆるかも 3845 駒(こま)造る土師(はじ)の志婢麻呂(しびまろ)白くあればうべ欲しからむその黒き色を 要旨 >>> 〈3844〉真っ黒な斐太の大黒顔を見ると、そのたびに巨勢の小黒の顔が思い浮かぶことだ。 〈3845〉埴輪の馬づくりの土師の志婢麻呂(しびまろ)は青白いものだから、なるほどその黒色が欲しいのだろうな。 鑑賞 >>> 色黒を笑った歌。左注に、次のような言い伝えがあるとの説明があります。大舎人(おおとねり)の土師宿祢水通(はにしのすくねみみち)、字(あざな)を志婢麻呂という者がいた。時に、大舎人の巨勢朝臣豊人(こせのあそみとよひと)、字を正月麻呂という者と、巨勢斐太朝臣(こせのひだのあそみ)〈名と字は忘れた。島村大夫(しまむらだいぶ)の息子である〉の二人はともに顔の色が黒

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    japan-eat 2025/01/19
  • 直に逢はずあるは諾なり・・・巻第12-2848~2850 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2848 直(ただ)に逢はずあるは諾(うべ)なり夢(いめ)にだに何(なに)しか人の言(こと)の繁(しげ)けむ [或の歌に曰く  うつつにはうべも逢はなく夢にさへ] 2849 ぬばたまのその夢(いめ)にだに見え継(つ)ぐや袖(そで)干(ふ)る日なく我(あ)れは恋ふるを 2850 うつつには直(ただ)には逢はず夢(いめ)にだに逢ふと見えこそ我(あ)が恋ふらくに 要旨 >>> 〈2848〉じかに逢えないのはやむを得ません。けれども、夢の中で逢うだけなのに、どうして世間の噂がうるさくつきまとうのでしょう。(なるほど現実には逢えません。それにしても夢にまでも) 〈2849〉夜のその夢の中に、私の姿が見え続けていますか。涙で濡れる袖が乾く日とてなく、私は恋い焦がれていますのに。 〈2850〉現実にはじかに逢うことができないでいますが、せめて夢の中では目の前にいるかのように姿を見せてくだ

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    japan-eat 2025/01/18
  • 朝影にわが身はなりぬ・・・巻第11-2393~2396 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2393 玉桙(たまほこ)の道行かずあらばねもころのかかる恋には逢はざらましを 2394 朝影(あさかげ)にわが身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去(い)にし子ゆゑに 2395 行き行きて逢はぬ妹(いも)ゆゑひさかたの天(あま)露霜(つゆしも)に濡(ぬ)れにけるかも 2396 たまさかに我(わ)が見し人をいかにあらむ縁(よし)を以(も)ちてかまた一目見む 要旨 >>> 〈2393〉あの道にさえ進まなかったら、心を尽くした、こんなにも苦しい恋に会うことはなかったのに。 〈2394〉朝日に映る影のように、私はやせ細ってしまった。玉がほのかにきらめくように、ほんの少し姿を見せて立ち去ってしまったあの子のために。 〈2395〉行っても行っても、逢おうとしないあの娘のせいで、天の霜露にすっかり濡れてしまった。 〈2396〉偶然に出逢ったあの人を、どんなきっかけをつくって、また一目お逢いで

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    japan-eat 2025/01/17
  • 三諸つく三輪山見れば・・・巻第7-1095~1097 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 1095 三諸(みもろ)つく三輪山(みわやま)見れば隠口(こもりく)の泊瀬(はつせ)の桧原(ひはら)思ほゆるかも 1096 いにしへのことは知らぬを我(わ)れ見ても久しくなりぬ天(あま)の香具山(かぐやま) 1097 我が背子(せこ)をこち巨勢山(こせやま)と人は言へど君も来まさず山の名にあらし 要旨 >>> 〈1095〉神を祀る奥深い三輪山の檜原を見ると、渓谷深く同じように繁っている初瀬の檜原を思い出す。 〈1096〉昔のことは何も知らないが、天の香具山よ、私が見始めてからでも、ずいぶんと年月を経たものだ。 〈1097〉私の夫をこちらに来させるという名の巨勢山、人はそう言うけれど、あなたは一向においでにならない。名前ばかりの山なのだろう。 鑑賞 >>> 「山を詠む」歌。1095の「三諸つく」は「三輪山」の枕詞。三輪山は奈良県桜井市の南東にそびえる山で、別に真穂御諸山(まほみ

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    japan-eat 2025/01/16
  • 佐保過ぎて寧楽の手向に置く幣は・・・巻第3-300~301 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 300 佐保(さほ)過ぎて寧楽(なら)の手向に置く幣(ぬさ)は妹(いも)を目離(めか)れず相(あひ)見しめとそ 301 岩が根のこごしき山を越えかねて音(ね)には泣くとも色に出(い)でめやも 要旨 >>> 〈300〉佐保を通り過ぎ、奈良山の峠に手向けする幣(ぬさ)は、早くのもとに帰って逢えるようにとの願いからだ。 〈301〉岩がごつごつと根を張っている山を越える辛さについ声を出して泣くことはあっても、への思いを人前で出したりはしない。 鑑賞 >>> 長屋王(ながやのおおきみ)が、奈良山に馬をとどめて作った歌2首。「奈良山」は、京都府と奈良県の境の丘陵。300の「佐保」は、奈良市法蓮町・法華町一帯で、長屋王の別邸があった地。「寧楽の手向」は、奈良山の峠を越える際、旅の安全を祈って道祖神を祭る場所。坂道を登り詰めたところで祈るので、峠の語源を「タムケ」とする説があります。「幣

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    japan-eat 2025/01/16
  • 婦負川の早き瀬ごとに・・・巻第17-4021~4024 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 4021 雄神川(をかみがは)紅(くれなゐ)にほふ娘子(をとめ)らし葦付(あしつき)取ると瀬(せ)に立たすらし 4022 鵜坂川(うさかがは)渡る瀬(せ)多みこの我(あ)が馬(ま)の足掻(あが)きの水に衣(きぬ)濡(ぬ)れにけり 4023 婦負川(めひがは)の早き瀬(せ)ごとに篝(かがり)さし八十伴(やそとも)の男(を)は鵜川(うかは)立ちけり 4024 立山(たちやま)の雪し消(く)らしも延槻(はひつき)の川の渡り瀬(せ)鐙(あぶみ)漬(つ)かすも 要旨 >>> 〈4021〉雄神川は、一面、紅色に照り映えている。娘子たちが葦付を取ろうと、瀬に立っているらしい。 〈4022〉鵜坂川は、渡る瀬が幾筋も流れているので、馬が歩く水しぶきで、私の着物はすっかり濡れてしまった。 〈4023〉婦負川の早い流れの瀬ごとに篝火を焚き、たくさんの官人たちが、鵜飼を楽しんでいる。 〈4024〉立

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    japan-eat 2025/01/15
  • ますらをは名をし立つべし・・・巻第19-4164~4165 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 4164 ちちの実(み)の 父の命(みこと) ははそ葉(ば)の 母の命(みこと) おほろかに 心 尽(つ)くして 思ふらむ その子なれやも ますらをや 空(むな)しくあるべき 梓弓(あづさゆみ) 末(すゑ)振り起こし 投矢(なげや)持ち 千尋(ちひろ)射(い)渡し 剣大刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き あしひきの 八(や)つ峰(を)踏み越え さしまくる 心 障(さや)らず 後(のち)の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも 4165 ますらをは名をし立つべし後(のち)の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね 要旨 >>> 〈4164〉父上も、母上も、通り一遍のお心で育てた、そんな子であるはずがあろうか。だから男子たる者、無為に世を過ごしてよいものか。梓弓の末を振り起こし、投げ矢を持って千尋の先を射通し、剣大刀をしっかり腰に帯び、いくつもの山々を踏み越え、ご任命下された大君の御心に違わぬ

    ますらをは名をし立つべし・・・巻第19-4164~4165 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/14
  • ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし・・・巻第11-2662~2663 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2662 我妹子(わぎもこ)にまたも逢はむとちはやぶる神の社を祷(の)まぬ日はなし 2663 ちはやぶる神の斎垣(いがき)も越えぬべし今は我(わ)が名の惜(を)しけくもなし 要旨 >>> 〈2662〉愛しいあの子にもう一度逢わせて下さいと、神社に行ってお祈りしない日はありません。 〈2663〉神威のあらたかな神の社の、越えてはならない玉垣も越えてしまいそうだ。もう私の名など惜しいとは思わない。 鑑賞 >>> 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」で、神に寄せての歌。2662の「ちはやぶる」は「神」の枕詞。「神の社」は、神社。「祷む」は、祈る。下3句が同じ歌(2660)があるので、神に祈願するときの定型を思わせます。 2663の「「ちはやぶる」は「神」の枕詞。「斎垣」は、神域の周囲の垣。神聖な物で、絶対に越えてはならないとされているもの。「越えぬべし」は、越えてしまいそうだ。

    ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし・・・巻第11-2662~2663 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/13
  • ひとり居て恋ふるは苦し・・・巻第12-2898~2900 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2898 ひとり居(ゐ)て恋ふるは苦し玉たすき懸(か)けず忘れむ事(こと)計(はか)りもが 2899 なかなかに黙(もだ)もあらましをあづきなく相(あひ)見そめても我(あ)れは恋ふるか 2900 我妹子(わぎもこ)が笑(ゑ)まひ眉引(まよび)き面影(おもかげ)にかかりてもとな思ほゆるかも 要旨 >>> 〈2898〉ひとりで離れ恋い焦がれているのは苦しくてたまらない。心にもかけず忘れる何かよい方法があればよいのに。 〈2899〉かえって黙っていればよかったものを、不甲斐なくも、見初めて言葉をかけたばっかりに、恋に落ち苦しんでいる。 〈2900〉あの子の笑顔や眉が目の前にちらついて、無性に恋しくて仕方がない。 鑑賞 >>> 「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。2898の「玉たすき」は「懸け」の枕詞。「懸けず」は、心に懸けず。「事計り」は、計画。「もが」は、願望の助詞。28

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    japan-eat 2025/01/12
  • 梅の花それとも見えず降る雪の・・・巻第10-2344~2346 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2344 梅の花それとも見えず降る雪のいちしろけむな間使(まつかひ)遣(や)らば [一に云ふ、降る雪に間使ひ遣らばそれと知らむな] 2345 天霧(あまぎ)らひ降りくる雪の消(け)なめども君に逢はむとながらへわたる 2346 うかねらふ跡見山雪(とみやまゆき)のいちしろく恋ひば妹(いも)が名(な)人知らむかも 要旨 >>> 〈2344〉梅の花がどれなのかわからないほど降る雪のように、人目につくだろう、使いの人を送ったら(降る雪の中に使いを送ったら人は知ってしまうだろう)。 〈2345〉空が雲って降ってくる雪のように、命も消え入りそうになりますが、あなたにお逢いするまではと生きながらえております。 〈2346〉跡見山の雪のように、はっきりと目につくほどに恋い焦がれたら、あの子の名が人に知られてしまうのではなかろうか。 鑑賞 >>> 「雪に寄せる」歌。2344の「いちしろけむな」

    梅の花それとも見えず降る雪の・・・巻第10-2344~2346 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/10
  • 思ひ出づる時はすべなみ豊国の・・・巻第10-2341~2343 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 2341 思ひ出づる時はすべなみ豊国(とよくに)の木綿山(ゆふやま)雪の消ぬべく思ほゆ 2342 夢(いめ)のごと君を相見て天(あま)霧(ぎ)らし降りくる雪の消(け)ぬべく思ほゆ 2343 我(わ)が背子(せこ)が言(こと)うるはしみ出でて行かば裳引(もび)き知らえむ雪な降りそね 要旨 >>> 〈2341〉を思い出す時は、どうしようもなく、豊国の由布山の雪のように消えてしまいそうに思われる。 〈2342〉あなたにお逢いしたのが夢のようで、天を曇らせて降りくる雪のように、私は消え入りそうです。 〈2343〉あの人の言葉に引かれて、戸口から追って出て行ったら、裳を引きずった跡で人に知られてしまいます。だから雪よ、そんなに降らないで。 鑑賞 >>> 「雪に寄せる」歌。2341の「すべなみ」は、するすべがなく。「豊国の由布山雪の」は「消」を導く序詞。「豊国」は、豊前・豊後の総称で、

    思ひ出づる時はすべなみ豊国の・・・巻第10-2341~2343 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/09
  • 滝の上の三船の山に・・・巻第3-242ほか - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 滝の上の三船(みふね)の山に居(ゐ)る雲の常(つね)にあらむと我(わ)が思はなくに 要旨 >>> 滝の上高く、三船の山に雲がかかっている。その雲のようにいつまでも生きられようとは思っていないのだが。 鑑賞 >>> 弓削皇子(ゆげのみこ)が吉野に遊ばれたときの歌。「滝」は激流の意で、離宮のあった宮滝のあたり。「三船の山」は、宮滝にかかる橋から上流右手に見える山。「常にあらむと」は、いつまでも生きていようとは。なおこの歌の解釈は「三船の山にかかる雲がいつまでもあるとは思わないけれども」とも取れます。この歌の次に、春日王(かすがのおおきみ:伝未詳)が和した歌が載っています。 〈243〉大君(おほきみ)は千歳(ちとせ)にまさむ白雲(しらくも)も三船(みふね)の山に絶ゆる日あらめや ・・・皇子は永久に世にましますことであろう。白雲もまた、三船の山になくなる日があろうか、ありはしない。

    滝の上の三船の山に・・・巻第3-242ほか - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/08
  • これやこの大和にしては我が恋ふる・・・巻第1-35 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> これやこの大和にしては我(あ)が恋ふる紀路(きぢ)にありといふ名に負ふ背(せ)の山 要旨 >>> これがまあ、大和にいたときに私が見たいと憧れていた、これが紀伊道にあるというあの有名な背の山なのか。 鑑賞 >>> 阿閉皇女(あへのひめみこ)が背の山を越えるときに作った歌。年月日は記されていませんが、直前の歌が持統天皇4年(690年)9月の紀伊行幸時の歌であることから、同じ行幸の際に詠まれた可能性が指摘されています。阿閉皇女は天智天皇の皇女、草壁皇子の妃だった人で、後の元明天皇です。この時は、夫の草壁皇子が亡くなって1年半近くが経っており、子の軽皇子(後の文武天皇)は8歳になっていました。 「これやこの」は、これがあの有名な、の意味の慣用句。「名に負ふ」は、名高い、有名な。「背の山」は、和歌山県伊都郡かつらぎ町の紀の川北岸にある山。大化の改新の詔では「紀伊の兄山」と記され、畿内

    これやこの大和にしては我が恋ふる・・・巻第1-35 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/07
  • 玉ならば手にも巻かむを・・・巻第4-729~731 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 729 玉ならば手にも巻(ま)かむをうつせみの世の人なれば手に巻きかたし 730 逢はむ夜(よ)はいつもあらむを何すとかその宵(よひ)逢ひて言(こと)の繁(しげ)きも 731 我(わ)が名はも千名(ちな)の五百名(いほな)に立ちぬとも君が名(な)立たば惜(を)しみこそ泣け 要旨 >>> 〈729〉あなたが玉であったなら、緒に通して腕に巻き、肌身離さずいようものを。この世の人だから、手に巻くことは難しい。 〈730〉お逢いできる夜は他にいくらもあったでしょうに、何だってあの晩にお逢いしたのでしょう、ひどく噂が立ってしまったことです。 〈731〉私の名は千も五百も噂になってかまいませんけれど、あなたの名が一度でも立ってしまうと、惜しくて泣くことでしょう。 鑑賞 >>> 大伴坂上大嬢が、大伴家持に贈った歌。729の「うつせみ」は、現身(うつしみ)の転で、現世に生きている身。「うつ

    玉ならば手にも巻かむを・・・巻第4-729~731 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    japan-eat 2025/01/04