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戦場カメラマンに関するjoruriのブックマーク (5)

  • 「世界のフジモト」と呼ばれるトラック運転手・藤本敏文! 趣味は「戦場観光」。現在、アサドの暗殺ターゲット - TOCANA

    大阪在住で全国に品をタンクローリーで運んでいるトラック運転手、藤敏文(ふじもと・としふみ)、46歳。彼の日常は、朝から晩までひたすらアクセルを踏み続け、時間内に荷物を届けるために必死に働く一般的なサラリーマンだ。趣味は、狩猟。仕事の無い休日には、兵庫県の山奥を目指し、仲間と共に山の中で狩猟に励む。腕前は一流。仲間からのも評価も高く、彼は山のことを知り尽くしている。 私も狩りに同行した。かなり細い道を、四駆で登り、着いたのは山の頂上付近。さらに、そこから急斜面を登る。藤氏の足取りは速く、不安定な足場にもビクともしない。狩りが始まり、数分。2匹の鹿が走ってきた。藤氏は、引き金を引くものの、素早く逃げる鹿を捕らえることはできなかった。では、そんな藤氏がなぜ世界で注目をされているのか。その理由は、彼のもうひとつの趣味にあった。 その趣味は、 戦場に行くこと …だった――

    「世界のフジモト」と呼ばれるトラック運転手・藤本敏文! 趣味は「戦場観光」。現在、アサドの暗殺ターゲット - TOCANA
  • 戦場カメラマン at 産経写真部 - Blue-Periodさんの日記

    3月11日 射撃仲間の戦場カメラマン横田徹氏を誘い、西富士射撃場に射撃練習に出かける。 午後2時46分。標的が揺れているのに気づいた直後、激しい揺れが続き、射撃は中止。そのまま横田氏とともに東京に戻ろうと試みる。 午前0時を回ってもまだ八王子。結局11日中に東京にすら戻れず。 3月12日 午前2時、大渋滞の都内を抜け、帰宅。機材、原付きバイク、燃料、料、野営用具等、愛車に詰み込み、横田氏とともに東北に向け出発。夜通し横田氏と運転を交代しながら国道4号線を北上。 午後3時、福島市を前に渋滞のため、とうとう全く動けなくなる。目的地を南相馬に変更、西へ向かい、午後4時やっと被災地に入る。この日は二松市まで戻り道中のドライブインを拝み倒し、一応屋根の下で寝られた。 3月13日 南相馬市、相馬市取材。 奇跡的に営業していた、南相馬のラブホテルに投宿。ラブホテルメシながら、事の提供も受けられ、そ

    戦場カメラマン at 産経写真部 - Blue-Periodさんの日記
    joruri
    joruri 2011/11/17
    これは話しを聞いてみたかった。
  • アフガニスタン米軍従軍取材記 41:イザ!

    静岡県富士市生まれ。学生時代から世界の紛争地域の取材を続け、好きな言葉は「死して屍、拾うものなし」。イラク戦争では米軍従軍(EMBED)取材を経験。これまでの主な取材地はイラク戦争のほかルワンダ内戦、コソボ紛争、チェチェン紛争、ソマリア内戦、アフガニスタン紛争、コロンビア左翼ゲリラ解放戦線、スーダン、ダルフール紛争、パレスティナ紛争など。2008年末には著書「世界は危険で面白い!」(産經新聞出版)が発売された。その他共著に「報道されなかったイラクと人々」(新風舎)がある。2010年12月には写真集「MOTHER-TOUCH」が発売された。渡部陽一公式ホームページ http://yoichi-watanabe.com/

    joruri
    joruri 2011/05/22
    『COPキャランに帰還した兵士たちは、テント内でボディーアーマーを取り外した。すぐに最前線兵士用のネット回線の通じる部屋に足を向けて祖国にいる家族たちとスカイプでネット電話を楽しんでいた。』
  • 渡部陽一「戦場でも見たことのない光景に震えた」

    被災地へ取材に赴いた戦場カメラマン・渡部陽一がブログで、現地の被害の大きさを伝える写真を公開している。 渡部は3月21~23日(2011年)にかけ現地入り。カメラマンとして数々の戦場を経験してきた渡部だが、特に被害の大きかった陸前高田の姿は「世界中の戦場や地震取材でも見たことのない惨劇」だったといい、「自らの体がぶるぶると震え、呼吸がうまくできなかった」と衝撃の大きさを告白している。 また渡部は印象に残った光景として、捜索に当たる隊員たちが家族写真や卒業証書などを見つけた際、それをあえて道端に置いていたことを紹介。変わり果てた町の中で、この品々が家族を探す人々の重要な手がかりになっていたという。 このほか避難所の様子や、その事の写真なども掲載されている。

    渡部陽一「戦場でも見たことのない光景に震えた」
  • 渡部陽一 on Twitter: "戦場カメラマン、渡部陽一です。岩手県陸前高田の現場に入り、その津波被害の凄まじさに動くことができませんでした。被災者の方々の力になりたい。食糧、水、医薬品、自分ができること、行動していきます。"

    戦場カメラマン、渡部陽一です。岩手県陸前高田の現場に入り、その津波被害の凄まじさに動くことができませんでした。被災者の方々の力になりたい。糧、水、医薬品、自分ができること、行動していきます。

    渡部陽一 on Twitter: "戦場カメラマン、渡部陽一です。岩手県陸前高田の現場に入り、その津波被害の凄まじさに動くことができませんでした。被災者の方々の力になりたい。食糧、水、医薬品、自分ができること、行動していきます。"
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