ふとしたことで、加藤博氏の『イスラム世界論』(東京大学出版)を読んでみた。中東イスラム世界のことに疎い私には、多くの盲を開いてくれる示唆と洞察にとんだ一冊である。カヴァフィスやサイードについて多くのページが割かれているのも嬉しい。 その中に、14〜15世紀にすでに高度な市場経済を発達させていた中東イスラム地域から、どうして資本主義が発展しなかったのかという古典的な問題について、フェルナン・ブローデルの説を批判して、「その答えは通説の繰り返しで何の新味もない。つまり、彼はその理由を、政治権力の経済への過度の介入としているのである」と述べられている。 「実際、アンドレ・レイモンがカイロの商人について示したように、イスラム世界における大商人の家系は、続いてもせいぜい三代か四代である。何代も続く大商人の家系を資本蓄積のメカニズムとして重視するブローデルが、この点をイスラム世界における資本主義の未成