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30pと統合失調症に関するjrfのブックマーク (4)

  • 後人類的知性についての与太話: 極東ブログ

    与太話でも。先日、3日の日経コラム「春秋」(参照)にこんな話があった。もちろん、コラムだし些細な話である。春秋の筆法という趣向ではない。 ベランダに放置してあるプランターに、勝手に生えてきたタンポポやスミレが早くも花をつけている。狭い人為的な空間でも、みごとに生態学的な地位を築く草花のたくましさに驚く。心配なのは、彼らも我ら人類も、生存の基礎を全面的に委ねている地球の気候条件が、今大変動しているという科学者の指摘だ。 春秋子、あまり科学的なものの考えをなさらないのであろうが、科学少年の慣れて果てでかつ無粋なダーウィニストである私はこんなことを思った。「生存の基礎を全面的に委ねている地球の気候条件」とかいうけれど、別段温暖化がどんどん進んで人類が滅んでも、生命が途絶するわけではないよ、心配すんなよ、と。 氷河期だってなんどもあったんだし、そのおかげでむしろチャンスが回ってきたのが人間種の祖先

    jrf
    jrf 2008/02/09
    >宇宙空間の広さと自滅の速度を考えると、おそらく知的種と人間種の遭遇というのは、ほぼゼロなのだろう。<>索漠とした宇宙の冷酷さに震撼(…)星も無き夜<。月を見る。昔そこでクーパーペアを思い出しましたよ。
  • 先日のTwitter発言のまとめみたいな - finalventの日記

    思考は関数で、「私」はその返却値ではないか。 別の言い方をすれば思考というメカニズムが「私」を機械的に生み出している。思考が止まれば、「私」はいない。 ただし、そういう比喩で語るとき、それでも「私」のコアのようなものはありそうだし、現在知覚の所持者として「私」が存在しそうに思える。ここがたぶんこの難問の急所だろう。 世界を知覚している主体としての「私」はありそうに思える。だが、それは常に疎外、客体化、遅延、物語化を介している。デリダ的な差延がありそうだ。というより、差延は、そうした現在知覚の「私」を、デカルトのゴギトのように原初的なもの(アルケー)として措定している。 でも、その措定とは、原初的なものを求めるための、詐術にすぎないだろう。 実質的な意味での「私」とは、「私語り」という記憶の権限として、語られるうるものとして現れる。 記憶とは「私語り」である。そして語られる出来事は、「私」に

    先日のTwitter発言のまとめみたいな - finalventの日記
    jrf
    jrf 2007/11/14
    『AIR』の過去に転生?の話をちょっと思い出す。>私はただ有のまま世界を転生しているだけなのだ。それとも、私は生成されたのか?<生成されたときセカイがはじまった…とか。「いや、それでも前に進むのですよ」
  • Tillichを通して: 「聖化について暫増する認識」

    jrf
    jrf 2007/10/20
    >聖化は(…)魔神的なものの認識をも含んでいる<。これ組識に属さないものには超・重要。「魔神」にも理があることが見えてくる。それを「赦」して「奇跡を感じる」ようになったとき、私は精神病になった。注意!
  • 痛いニュース(ノ∀`):精神分裂病患者の絵

    23 名前:番組の途中ですが名無しです 投稿日:2006/05/27(土) 22:25:21 ID:V9zjNmTg0 ルイス・ウェイン(イラストレーター) 発症前 ※以下グロ画像注意。 23 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:2006/05/27(土) 22:25:21 ID:V9zjNmTg0 発症後 自分的にはこれが一番来る 33 名前:(´・∀・`) ◆gNd0Uqckak [] 投稿日:2006/05/27(土) 22:32:02 ID:ZQx32VKz0 ?# 絵には感情がこもる。 >>23を見ていると胸が突かれるような苦しみがある。 58 名前:番組の途中ですが名無しです[sage] 投稿日:2006/05/27(土) 22:39:51 ID:CegEXUPf0 >>23 これはすごい 118 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投

    jrf
    jrf 2006/06/19
    私の場合、129の月がそんなふうに見えたことがありました。幻視がほとんどないこともあってほとんど現実的に見えました。でもあえて絵を描いていたら記号列で作った抽象画みたいになってたはず。
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