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  • 遠藤保仁とオシム爺さん: 武藤文雄のサッカー講釈

    ワールドカップについても語り切れていない事が無数にあるのに、日本代表はさらに見事な試合を積み重ねてくれるは、Jリーグは毎週おもしろいは、ユース代表は何とも言えない試合をしてくれるは、書きたい事ばかりが貯まっていく。(ユース代表の短期的結果は残念だったが、前線の優れたタレントを見た限りには、日サッカーの将来は明るいと感じた)。さらには、ピッチ上の戦い以外にも、ヴェルディの存続問題、アルディージャの観客数水増し問題など、色々と講釈を垂れたい事が山積みだ。 で、今日のところは、先日の日韓戦の講釈で最後の数行のみでしか称えられなかった、遠藤保仁の代表100試合出場について、語らせていただこう。 ワールドカップ直前、私は遠藤の大会での君臨を期待した文章をまとめた。そして、遠藤は期待通りにすばらしいプレイを見せ、中軸として世界中の人々に日サッカーの質の高さ見せつけてくれた。そして、今回のアルゼン

  • 続萬代の移籍: 武藤文雄のサッカー講釈

    ジュビロの萬代宏樹のサガン移籍が決定した。ジュビロがホーリーホックの荒田の獲得に成功した事での放出であり、事実上の解雇と言ってもよい移籍であろう。 ベガルタサポータとしては、いやこの天賦の才に恵まれたFWびいきとしても、あまりに複雑な想いにとらわれる移籍劇である。 個人的にこのFWについては、随分色々と書いてきた。デビュー直後にこんな評価をしたが、その後ベガルタの不定見な強化体制に、起用の機会が減り伸び悩んだ感もあった。しかし、07年シーズンは、完全にベガルタのエースとして定着し、J1まであと一歩のところまでチームを引っ張ってくれた。そして、右足の振りの速いシュートにせよ、飛び込む位置取りが巧みな空中戦にせよ、J2であそこまでできただけに、J1でも存分に通用すると期待された。したがって、07年シーズンのオフには、存分に別離を悲しんで送り出す事になったのだが。 ジュビロへの移籍直後は、大エー

  • 敗戦雑感: 武藤文雄のサッカー講釈

    1.充実した悔しさ 30数年に渡るサッカー経験においても屈指の印象的な試合だった。これほど、充実感を持ちながら悔しくて悔しくてしかたがない試合は、ちょっと記憶にない。 ベガルタはよく戦った。この入替戦2試合だけではない、この1シーズンを通して、少しずつチーム力を高め、勝ち点を拾い続けて3位になり、入替戦でもでき得る限りの工夫で戦い、結果的に力及ばず敗れたのだ。それも、もう少しほんのちょっと運があれば、歓喜を得る事ができたかもしれないところまで戦って。 ここまで戦ってくれた梁勇基と仲間達、そして手倉森監督をはじめとするスタッフに最大限の経緯を表したい。 それでも勝てなかった。 ここまで戦っても、勝てなかった悔しさ。当に悔しい。 この悔しさは、2年前にドルトムントで味わった「不完全燃焼の悔しさ」とは正反対のものだ。あの時は「どうしてこんな事になってしまったのか」、「どうしても(選手個々は頑張

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