http://h.hatena.ne.jp/kananaka/9234074414912868334 >未明の気温が、ついに氷点下10度を下回った。さすがに寒さで目が覚めるを通り越し、一晩中、眠れんかった…orz >ヌコとふかふかのお布団のマリアージュ(組合せ)は平和の象徴。思わず目尻が下がる、今宵はクリスマスイブ。 あれは5年前のちょうど今頃。 初めて過ごす札幌の冬は、予想を遥かに超えて寒かった。 あの冬の最低気温もたしか氷点下10度を下回ったと思う。 誤算だった。 連日35度を記録した真夏の横浜から引越しした当初は天国のように感じていた気温の低さが、半年後にはこんなにも僕を苦しめるなんて思いもしなかった。 あの頃の僕にも猫がいたら、きっと幸せだったのかもしれない。 孤独で過ごす北の大地は僕にとって、圧倒的な強さを誇る怪物そのものだった。 翌年の冬。その頃には恋人がいたから、寒さを孤独で
1 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:11:23.49 ID:w8k6dlz40 46 名前: やっとこ(東海)[sage] 投稿日:2009/12/21(月) 05:57:09.54 ID:qZ91SSVC 昨日久し振りに吉野家で大盛持ち帰りしたんだけど肉減ってるってマジなんだな 2 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:12:03.03 ID:44tbQ0IW0 うわあ 3 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:14:02.27 ID:Fe3eg2SnO 画像だとすっげぇまずそうだな 7 名前:天文学者 フェンダ- ◆9dvISqYoCo [] 投稿日:2009/12/28(月) 13:18:51.16 ID:qxJcDpbk0 これで380円 8 名前:VIPがお送りします
http://d.hatena.ne.jp/maonima/20100102/1262442473 早稲田を出たから早稲田的というわけではない。加藤典洋や柴田元幸、庄司薫なんか東大卒でも早稲田的だ。 アーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」なんか早稲田的だな。 村上春樹がもちろん今では最も早稲田的。『東京人』や『本の雑誌』は早稲田的。坪内祐三。武藤康史は慶應だが早稲田的。俵万智。古くは尾崎士郎、五木寛之。平田オリザはICUだが早稲田的。呉智英さんもああ見えて早稲田的。平岡正明。四方田犬彦もちょっと早稲田的。立松和平。 ヘミングウェイも早稲田的。フィッツジェラルド。ドス=パソスは違う。野崎歓は東大准教授でも早稲田的。直木賞は早稲田的。高橋源一郎。ジャズ。ウィスキー。山口瞳。山田風太郎。 大塚さんが誤解しているようだが、別に嫌なものと限ったわけではない。しかも早稲田的なものは嫌われているのでは
英マンチェスター(Manchester)のマンチェスター空港(Manchester Airport)のコンピューター画面に映し出された全身検査の画像(2009年10月13日撮影)。(c)AFP/PAUL ELLIS 【1月5日 AFP】ロンドン(London)のヒースロー空港(Heathrow Airport)など、英国の空港で今週から全身を透視できるスキャナーが導入されることに対し、このスキャナーが、子どものわいせつな画像を製造することを禁止した法律に抵触するとの批判が上がっている。英政府は5日、こうした懸念を払しょくするよう努力していると述べた。 ゴードン・ブラウン(Gordon Brown)英首相は今週、前年12月25日に起きた米機爆破未遂事件を受けて、治安強化措置の一環としてヒースロー空港などの英国内の空港に全身を透視できるスキャナーを導入すると発表した。 プライバシー保護を訴える
二重被爆の体験を語る山口彊さん=2009年6月、長崎市 広島、長崎両市で二度にわたって直接被爆した山口彊(やまぐち・つとむ)さんが4日午前5時38分、胃がんのため長崎市内の病院で死去した。93歳だった。近親者で密葬は済ませた。 造船所の設計技師として働いていた1945年8月6日、広島に出張中に爆心地から約3キロで被爆。長崎市に戻り、職場で上司に広島の惨状を報告中の9日に2発目の原爆に遭った。2009年3月になって、被爆者健康手帳に長崎に加え、広島で被爆したことも記入された。長崎市が把握する限り、二度にわたって直接被爆した人では初めての例だった。 被爆の影響で左耳が不自由なため、語り部活動はしてこなかった。だが、次男が05年にがんで亡くなったのを契機に、06年に記録映画「二重被爆」に出演し、体験を語った。同年、米ニューヨークの国連本部での上映にも駆けつけ、核廃絶を訴えた。自伝に「ヒロシ
このようなニュースがありました。 www.j-cast.com 2008年の実績を1985年と比較すると、10、20歳代ともに献血者が大幅に減っている。1985年の16〜19歳を見ると、献血者179万人、献血率(人口に占める献血した者の割合)25%。20歳代は献血者260万人、献血率は17.6%だった。08年は16〜19歳の献血者が1985年の5分の1に、20歳代は半分以下になった。大幅に献血者が減ったのは、少子化による人口減少に加えて、若者の献血離れが進んだためだ。 この最初の「16〜19歳の献血者は24年間で5分の1、20歳代は半分以下」を見るとタイトル通り、「近頃の若い者は」という感じの文章になっていますが、ここにかなり意図的かそうじゃないのか、かなり数字のマジックみたいなものが見受けられたので、まずそこから。 これは本文にも書いてありますが、24年前と今とでは、若者の人数が違います
ストラヴィンスキー作曲 バレエ音楽 『春の祭典』 は、1913年、パリのシャンゼリゼ劇場でロシア・バレエ団によって初演された。指揮はピエール・モントゥー、振付はヴァーツラフ・ニジンスキーが行った。 初演にはサン=サーンス、ドビュッシー、ラヴェルなどの錚々たる顔ぶれが揃っていた。曲が始まると、嘲笑の声が上がり始めた。そして始まったダンサーたちの踊りは、腰を曲げ、首をかしげたまま回ったり飛び上がるという、従来のバレエにはない振付であった。野次がひどくなるにつれ、賛成派と反対派の観客達がお互いを罵り合い、殴り合りあい野次や足踏みなどで音楽がほとんど聞こえなくなり、ついには、ニジンスキー自らが舞台袖から拍子を数えてダンサーたちに合図しなければならないほどであった。ディアギレフは照明の点滅を指示し、指揮していたモントゥーが観客に対して「とにかく最後まで聴いて下さい」と叫んだ程だった。ストラヴィンスキ
日直のチノボーシカです。明けましておめでとうございます。今年もよしなに。 昨年の下半期は、文芸誌《文學界》の「新人小説月評」を担当していた。この「新人小説月評」という欄は、ふたりの評者が前月の文芸誌(文學界・文藝・群像・新潮・すばる・en-taxiなど)に載った純文学系の新人作家の小説をすべて読んで、そのすべてに言及するという形式のものだ。 いや、たいへんな仕事ですよこれは。たった半年とはいえ、毎月10篇前後の小説を読んで、2週間程度でそのすべてに言及する評を書かなければならない。小説を書く新人のみなさんも一所懸命書いているわけだから、読者であるこちらもいい加減なことは書けない。 文芸誌を毎月読むということ自体、ふだんやらないことをするわけで、脳味噌の日常使っていない部分が赤くなったりしていたことと思われる。任期が終わって、正直ほっとしている。 あまり読まれなくなったむかしの小説の、絶版に
気になる記事をスクラップできます。保存した記事は、マイページでスマホ、タブレットからでもご確認頂けます。※会員限定 無料会員登録 詳細 | ログイン しばしば、「あちらとこちら」のみえないラインが気にかかる。先日も、アニキの愛称をもつ俳優さんが結婚したとの一報が、テレビの速報で流れたのを又聞きした。長年脇を固めてきたシブイ俳優さんで、近ごろはCMでもおなじみとはいえ、イケメンアイドルでもないだけに速報の扱いが意外だったのだが、それにしてはワイドショーが話題にするのかと思いきや、まるで無反応。じゃ速報はなんだったのか? 地震速報でもあるまいに。 もともと「記者会見」をするひと、しないひとの線引きが気になって仕方ないのは、ワタシだけだろうか。「バンセン」といわれる宣伝のためにするのはともかく、結婚だ離婚だといったワタクシゴトで会見を開いたり(基本は自腹らしい)、マスコミ各社にカクカクシカジカで
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