http://anond.hatelabo.jp/20070304023650 匿名ダイアリーのエントリ(通称「増田」)。なかなか良いこと言うなあと思った。エントリの書き手も芥川も。 空も水も木もただそこにあるだけで何ら意味はない。しかし、人間は空や水や木に物語性を見出すことができる。あの空は自分たちのためにある、あの水は自分たちのためにある、と。旧約聖書を読むと、預言者たちの物語性への強い意志を感じる。例えばイザヤ書(id:ryoto:20080101#p1)。自分の身の回りに起こる出来事を神の意志によって起こったものだとして意味づけ物語(story)としてしまう。 しかし、一方で、そのような物語性を解いていくような思想もある。大乗仏教の仏教者たちはそのような物語性をできるだけ解くように思考する。例えば道元の「畢竟如何」。「結局これが何だというのだ」という問いである。そしてこの問いは「結