社会人大学院生のHさんと,毎週木曜日の5限に,李成市先生の著作を読んでいる. 倭王の卑弥呼が239年に魏から授けられた親魏倭王の称号は,『三国志』巻3明帝紀太和3(229)年12月条に, 癸卯,大月氏王波調遣使奉献,以調為親魏大月氏王. とある,大月氏の波調すなわちクシャン朝のヴァースデーヴァが229年に授与された親魏大月氏王に匹敵するものであり,これらの事例を魏王朝の対外政略の中に位置づけなければならないと主張したのは,故西嶋定生氏であった. 西嶋氏は,魏志倭人伝に,倭国の位置について,会稽・東冶の東に在ると記されていることに注意を喚起するとともに,大月氏については,その2年前に涼州の諸国王が蜀に遣使して,討魏の際には先駆となることを申し出ている事実を重視する.つまり倭国は対呉政策にとって,大月氏は対蜀政策にとって,きわめて重要な存在として認識されていたとし,遠夷来朝といったような牧歌的
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