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2009年10月21日のブックマーク (4件)

  • 鎌池和馬・冬川基『とある科学の超電磁砲』(1)~(3)についてのメモ - 極南の空へ

    漫画とある科学の超電磁砲 1―とある魔術の禁書目録外伝 (電撃コミックス)posted with amazlet at 09.10.19鎌池 和馬 アスキー・メディアワークス Amazon.co.jp で詳細を見る前提:編の『とある魔術の禁書目録』は漫画版を4巻まで。原作は1巻の途中で投げ出した。いま学園都市にもっとも求められているのは「落ちこぼれに対するアフターケアのプログラム」と「街を出るという選択肢」だと思った。絵に描いたような環境管理型権力を実現する前に、ゴロツキが出現する根元を断とうよ、という話。 しかしあんな監視社会のいったいどこに、ヤンキーの人たちの溜まり場があるのだろうとは素朴に思う。監視カメラの死角?でなければこんな事件、起きていないでしょう。因果関係はしっかりしているものの、対症療法的なオチだなあ、という印象。 学園都市の世界観=純粋な競争社会。各人のアイデンティティ

  • DTB流星の双子OP語り「光り輝く蘇芳と黒より暗い黒」 - TinyRain

    編についてはもうちょっとゆっくり考える時間が欲しいので、OPについて分析して色々書いてみた。 今回OPテーマに使われたステレオポニーの曲自体が「ツキアカリの〜」からはじまってある程度歌詞と編の互換性が高い事から、今回のOPもある程度編を意識して書かれた歌詞なのかもしれない。「黒の契約者」のOPであるHowringもそうだったしね。え、最後のガラスをぶち破れ? それは対価さ… や、あのOP嫌いじゃないしむしろ好きだけど。 ざっくりとしたOPの流れとしては、朝から夜へと時間が流れていき、学校と思わしき建物で目を醒ました蘇芳が、ロシアの街を右往左往し列車に乗り目的地へと向かうという動的な流れから、そこに様々な人物を挟み明るい過去(海水浴のシーン)と暗い現在(ロングライフルをもった蘇芳が何処かへ去るシーン)を対比させたような静的な流れを醸しだし、「黒の契約者」のOPでもあった黒が廃墟を歩くシ

    DTB流星の双子OP語り「光り輝く蘇芳と黒より暗い黒」 - TinyRain
    karimikarimi
    karimikarimi 2009/10/21
    コメント欄にも注目。
  • ネットの普及はオタクに何をもたらしたのだ? - 世界の果ての崖っぷちで

    ネットをはじめたのは高校生の頃で、2ちゃんねるを見るようになったのは大学生になってから。今では、ネットがない生活なんて考えられない。いや、先日モデムが壊れてそういう生活になったときは非常に充実した読書生活が送れて大変に満足したのだけども、それはあくまで「サポートに電話すればすぐ交換してもらえるだろう」という安心感があってこそのもので、もし「パソコンが壊れた、新しく買わないと」だったらそう暢気なことはならなかったろう。 ネットのあるとなしで何が違うって、それはもう「情報取得にかかる時間」の一言に尽きる。かつて、何か新しい情報を得ようとしたら、それはそれは大変だった。新作情報なら、発売される雑誌を買ってチェックしていればなんとかなる。しかし旧作情報となるとこれはもう、「参照しうるそれまでの雑誌バックナンバーをどれだけ持っているか」で全てが決まる。持っていればそれを繰っていって目当ての情報を探す

    ネットの普及はオタクに何をもたらしたのだ? - 世界の果ての崖っぷちで
  • 吾妻ひでおは萌えの始祖ではない。

    『吾ひでお「けいおん観た。空虚だ。何もない。作る方も観る方もそんなに現実イヤか?」:アルファルファモザイク』 http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51518538.htmlひでおとアニメ「けいおん」に熱中するような人たちとは相容れないところがある。アニメや漫画(あるいは映画音楽、文学など)作品に求めるものが違うのだ。いったい吾ひでおのような人種は漫画などの作品に何を求めるのか?そのあたりの事を作家のカフカが実に的確に表現している文章がある。 僕は、およそ自分を咬んだり、刺したりするようなだけを、読むべきではないかと思っている。僕たちの読んでいるが、頭蓋のてっぺんに拳の一撃を加えて僕たちを目覚ませる事がないとしたら、それではなんのために僕たちはを読むのか?君の書いているように、僕たちを幸福にするためにか?いやはや、がなかったら、僕たち

    吾妻ひでおは萌えの始祖ではない。