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ブックマーク / new.ciao.jp (3)

  • J& blog http://jahy.info/: たかみち塗りはそれほど上手くない人が絵をごまかせる塗り方ではないだろうかというお話

    たかみち塗りはそれほど上手くない人が絵をごまかせる塗り方ではないだろうかというお話 はてなダイアリーを散策していたらこんな一文を見つけた。 たかみち氏などのような立体的な絵をそれほど上手くない人が志向すると古臭い絵柄になる (「Je n’avais pas l’intention d’aller à la mer.-en manière de Haruphilie 」より) それは大枠として以下の点にまとまるような気がします。 1:デッサンが上手くないのでかっこいいシルエットがとれない 2:レイアウトが気まずい 3:画面に配置する小道具がしょっぱい 4:光源の問題 1:デッサンが上手くないのでかっこいいシルエットがとれない これについてはおそらく「ラフ絵のほうが上手く見える」問題と同根で。こってりと色を塗ったりするやり方だと「何度でも線を引ける」んですね。輪郭を削ったりして。主線が必要な絵

  • J& blog : ■ゆとり世代の瞳の輝きに俺は明日への希望を見たね■

    (←ちなみにこれは、同じくヤマカンが絵コンテを切ったAirの2話からあの夏、いちばん静かな海のパロディ。真ん中の画像だけだと分かりにくいから、その後のダメ押しカットも入れてみた。映画を見た人なら、一発でわかってくれると思う『手前に空き地 奥に道路と堤防』レイアウトだ。こういうパロディをさりげなく作中に紛れ込ませてくれるヤマカンは、しびれるほどカッコイイ!) つまりゆとり世代と言っちゃっている人たちは、下の世代の人たちに対してコミュニケーション回路を開けない人たちなんだよね。20歳21歳生きていて得た知識をもとにコミュニケーションに使うんじゃなくて、ニコニコ動画で自分と同年代の人たちと交流するために使っちゃう。この前もイース2のPC88版オープニングを見ていたら、字幕で「さぁゆとり、これがゲームだ」って流れてきて苦笑してしまった。ニコニコ流の諧謔かもしれないけど、OPだけを見ただけでは、ふつ

  • J& blog http://jahy.info/: いつから作品は観客のものになったんだろうか

    いつから作品は観客のものになったんだろうか というのはVHS化、DVD化されて販売されたり、ファンの二次創作の具財として大量に頒布される時代になったからかな、というのをここでの書き込みで感じて。 グレンラガン公式ブログ 第四話「顔が多けりゃ偉いのか?」 痛いニュースでもあったのですけど、いわゆる作画崩壊騒動において「DVD買う人にとっては〜」みたいな言葉が批判として有効になっちゃっている現状があるんですよね。「ファンが買うんだから(原作に)忠実に作れ」っていう。 作り手にとっての受け手、受け手にとっての作り手という他者はそれぞれ想像によって形作られるので実在しない存在なんですけど、ソフト化されて手元に置かれると結果として存在してしまうわけで(実際自分も自分が作ったイラストや作品に対して「どう努力したとしても結果がだめだったら仕方が無い」という批判を受けたことがある)。普通だと(とあえて断定

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