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  • 上田耕一郎という「私の大学」 共産党 有田芳生の『酔醒漫録』」

    1990年2月18日。この日投票された第39回総選挙で日共産党は前回(86年7月)に比べて10議席減の16議席という成績に終った。全有権者との関係で支持率をはかる絶対得票率では6.15%から5.79%に低落。100人いれば支持者は6人弱ということだ。この敗北に89年に東欧で吹き荒れた民衆蜂起と社会主義体制の崩壊、中国で起きた天安門事件が大きな影響を与えたことは否定できない。 7月9日から13日まで開催された共産党の第19回大会で、不破哲三委員長は中央委員会報告でこう語っている。 「わが党の後退は、社会党への票の集中傾向もありましたが、なによりも天安門事件、東欧問題など国際的な諸事件を利用した反共攻撃に攻め込まれたものでした」 この投票日から1週間前の2月11日午後12時。東京都練馬区光が丘にある西武系「IMA」の前で共産党演説会が行われた。メインの弁士は上田耕一郎副委員長。光が丘の

    katamachi
    katamachi 2008/11/01
    有田芳生の故・上田耕一郎(日本共産党元副委員長)への愛憎も含めた想い。いい文章だ。
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