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ブックマーク / hasriq.hatenablog.com (65)

  • ブログサービス - 感じたこと、思ったことノート

    時代の流れなのか、ブログの世界も変わったなぁと思う。 前やってたのは2005年くらいから2010年くらいまでだった。その頃でさえSNSの流行やなんかもあって結構変化は感じたけど、なんだろうな。以前は別のブログサービスを使ってたからその違いもあるのかな。 はてなは基無料とはいえproという機能を売っているから、やっている側にたくさん読んでもらわなきゃって思わせるような機能が多くついている気がするのだけど、そのせいもあるのだろうな。安いとはいえ元を取らなきゃいけない意識も働くだろうし。 アフィリエイトやアドセンスが増えたこともあるのかな。 当時はアフィリエイトも少数だったし、あっても趣味人がついでの感覚で、自分の好きな商品や関連する商品をつけてるものが多かった気がするのだけど、ここは商品ありきの記事が多いと感じる。 そして何より気になるのはテンプレート的な体裁。これ嫌い。 でもはてな自身がそ

    ブログサービス - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/10/20
    そうなんですね。昔と変わっているんですね。。私自身、大したことを書いていないし、書くこと自体苦痛なので、しょっちゅうやめることを考えています。
  • 靴の修理 身に着ける物との関係 - 感じたこと、思ったことノート

    を修理した。 左右両方のかかとの部分がぱっかりと開いたまま暫く履いていたのだけど、歩いていると中敷きが舌のように出てきてしまう。さすがにだらしないなぁと思って直してもらうことにした。 市場に並ぶ修理職人のおじちゃんの一人と交渉し、両方で日円にすると約850円で妥結。 結局のところかかとの部分が切れたというより、磨り減って限界を迎えた形だったようだ。だから縫うだけでは直らないため、ちょっと高くついた。 内側に布を足し、底のかかと部には中古のから取ったであろう底を当て、接着剤でくっつけた上太めの糸で縫いつけてくれた。追加した底は少し削って調整してくれているのであまり気にならない。少し高いからどうしようか迷ったけど、直してもらってよかった。 僕は人生で自分でを買ったことが一度もない。サンダルは磨り減りが早いので3年に1度くらい日に帰ったときに買うのだけど、は長持ちする。 この

    靴の修理 身に着ける物との関係 - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/10/11
    おどろきました。
  • 自己否定 自己欺瞞 歪んだ信念 プライド - 感じたこと、思ったことノート

    中盤までまじめだったのに途中からおかしくなった。いや、おかしいのが僕のニュートラルなのだろうけど。公開するか迷ったけどします。特殊な羞恥プレイみたい。 でも不安定な方は見ないでください。そうでなくても無駄に長く堂々巡りで内容自体ありません。 僕の中で僕が増えてしまう。それはその僕が僕であって僕でないからだろう。 何故それが起きてしまうのかといえば、自己否定と自己欺瞞と割り切れない性格にあると思う。 僕がパラドックスだらけの存在になってしまうのは、相手を認めなければならないという価値観、そして自分を否定してもそれは曲げ『てはならない』という強迫的な信念にあるのかもしれない。 認め『なければならない』から他者であるべき存在を自分の中で見つけ出し、作り上げ、住まわせてしまう。それは僕の基的に持っている価値観と相反する自分の部分によって作り上げられ、それを通してその人を理解して肯定しようとしてい

    自己否定 自己欺瞞 歪んだ信念 プライド - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/10/07
    難しくて私には理解できない部分があります。でも、つらそうですね。
  • 自罰中毒 原罪の救い 重大な欠陥 - 感じたこと、思ったことノート

    自罰的な自分をどう捉えればいいのだろうか。自罰、自虐、卑屈。特に自罰は趣味が悪いという人もいる。僕もそう思う。 自罰。僕が何かと背負おうとするのにどこかリンクしている。 背負うことは僕が人との関係を捨てられないから背負うのだと思う。背負わされるのは大嫌いだけど、誰も背負わないものは僕が背負わなければならないという思考が働く。それは僕が自分の時間軸の中に永遠に囚われ続けるからであって、自分の過去を正当化するためであって、僕と接点があって今は居ない彼らの喪失を割り切れないからであって。弱いからね。 そうすることでその役割にある自分の存在を認めていた部分があるのだろう。そして自分の過ちも背負うことによって正当化しようとしている。 何度も考えたけど、多分僕にはこの生き方しかできない。 自分を認められるようになれば変わるのだろうけど、それは僕にとって一番難しいことでもある。全てが屈折して、来は繋が

    自罰中毒 原罪の救い 重大な欠陥 - 感じたこと、思ったことノート
  • ランチ お茶 ディナー - 感じたこと、思ったことノート

    今日は人と会ってとても疲れた。 面子が増えながらランチ、お茶、ディナー。 親しい知人クラスの人達でも数時間も会話の中に居ると電池が切れる。そこに親しくない人がいると1,2時間が限界。 後半は会話に入る気力がないばかりか意識がトリップしっぱなしだった。インタラプト…インタラプト… 電池容量が少ないだけじゃなく、多分電力を沢山使うような処理の仕方をしてる。 これは相手による。 ペースが自分にないのが理由の一つだと思う。ペースを合わせなくていい相手や、ペースが合う相手だとこの疲れがない。 トレッキングと一緒。自分のペースは大事。でもそれがある意味で許されないのがコミュニケーションの場。だから疲れる。 気を遣うのもそうだし、センサー張りすぎというのもそうなんだろう。 そして内容に興味がないのに興味があるように振る舞うのが当に疲れるし辛い。 なぜみんな休憩なしに数時間も話していられるのだろうか。そ

    ランチ お茶 ディナー - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/09/22
    お疲れ様でした。今日、疲れ、とれましたか?
  • 性的趣向 - 感じたこと、思ったことノート

    性的な話題をタブー視したくないと以前書いたので、有言実行しようと思う。 性的趣向って言葉にはよくないイメージがこびり付きがちだけど、ヒトという動物を探求するにも、それぞれの人間という存在を覗くにも、その中にはこれ以上ないくらい色んなヒントが詰まっていると思う。 根源的な欲求、その人個人の気質による捉え方や考え方、経験、知識、抑圧されたものや憧れ、文化的土壌、集団の中で共有している価値観、バイアス、数え切れないものが性衝動の元に集う。それはひとつひとつの性的趣向がカクテルのようで、同じ名前を持った趣向も作り手や飲み手によってまったく違う世界を構築している。 お酒飲まない僕が言うと説得力ないなぁ 性的趣向がここまで多様化しているのは、性行動がヒトという動物にとって繁殖以上の意味を持っているからだと思う。たぶんそういう研究はいくらでもある。調べたことないけど。 ヒトに排卵等の性サイクルがあるのに

    性的趣向 - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/09/19
    犯罪につながるものは抑制できるようになってほしいですね。特に未成年系。
  • 月明かり 夜の散歩と感情の表出 闇に紛れるのが好き - 感じたこと、思ったことノート

    まだ月が明るい。 夜の散歩が日課となっているのだけど、月が明るいと外を歩いてもベンチに座っても、落ち着くことが出来ない。 明るいと一人の占める範囲が広くなる。 ふと気づいたのだけど、暗闇に紛れている時、僕は感情を顔に出しているような気がする。 それは僕にとって、当に必要な時間なのかもしれない。 明るい時は誰かに見えてしまうかもしれないから出来ないし、家には家族がいるからできない。 表情は人前ではほぼ常時支配下に置いている。意識してるわけではないけど、昔からそう。人前で表情を顔に出すには余計なステップが必要。 せめて家族の前ではと思うのだけど、気づいたら家族の前では柔らかい顔をしなくてはいけなくなってしまった。 物思いに浸っている時、ニュートラルな表情に遠い目になるのだけど、その顔をしているとに心配される。心配されるということは内面を探られる可能性があるからか、無意識に避けてしまう。 「

    月明かり 夜の散歩と感情の表出 闇に紛れるのが好き - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/09/19
    家族の前では本音は出しません。だから、早朝、深夜、こうやって1人で起きている時間が必要です。いくら眠くても。この曲、確かに温かいです。光がありますね。
  • 『楽しいこと』から 人との関係 夕暮れの公園 一人の世界 - 感じたこと、思ったことノート

    楽しいことを書くと言ったので。 楽しいこと。うーん。たまには人との関わりで楽しいことを考えてみよう。 僕はソーシャルな場面に居るとすぐ疲れてしまうのだけど、楽しくないわけじゃない。 特に、どんな人かわかっている場合や、その人に傷つけられることはないとわかっている場合には、より積極的に関われるのだと思う。 そういう場面はとても楽しく過ごせる。 相手が僕の領域を侵すような人の場合はあんまり楽しめない。 常に笑顔を作っているから、1時間以上そういう場面に居ると顔が筋肉痛になる。 気心が知れた人や、分かり合える人との時間は、僕にとってはより深く大切なものになる。ただ、そのための条件は1対1であること。仲が良くても3人以上になれば自分として関われない。それは多分、自分は自分でも、相手によって別の自分で接しているからだと思う。仮面をかむっているとか、道化のような気がしだすと落ち込んでしまうので、どれも

    『楽しいこと』から 人との関係 夕暮れの公園 一人の世界 - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/09/17
    友人たち数人と話しているとき、取り残されたような寂しさを感じることはあります。なんででしょうね。
  • 夢の記録1 15Sep2019 フレディおじさん - 感じたこと、思ったことノート

    昨日のこと、今朝友達に話すことが出来た。 少し見失いかけていたけど、寄り添って聞いてくれて、だいぶ落ち着いた。 うまく制御しながら、焦らずゆっくり、頼る時は頼って向き合っていこうと思う。僕は僕だから。 頼るという所、とても難しかった。でも頼ることが出来てとても安心できた。何か変化があったのかな。 僕のような性格の人間がよく、何より必要なのは『信じられる少数の仲間だ』というのがよく分かった。今背中を預けられる人がいてくれることに、僕は感謝しなきゃなって思う。 昨夜はあまり眠れず、浅い眠りの間で夢を見た。悪夢を見るんじゃないかと心配してたけど、想定とは違う類のものだった。 自分の過去とは直接的に関係ないけれど、全く無意味というわけではないと思うので書いてみようと思う。普段見ない類の夢だったから。 昔、トラウマと対峙しようとしていた頃、夢の記録が有用だと聞いてブログに残していたことがあった。全部

    夢の記録1 15Sep2019 フレディおじさん - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/09/16
    よかったです。
  • 歪みの根本 - 感じたこと、思ったことノート

    引っ掛かりを文字にし、それを頼りに自分を探す作業をしている。 さっき書いた部分で一つ、大きな何かに気付いてしまった。まだ手に負えないかもしれない。 歪みの根にあるもの。 以前書いた、拘束衣を着て泣いている子供の自分。 なぜそれが出てくるのかわからなかった。でも今、色々なものが繋がりかけている。 高校時代の出来事を隠れ蓑にしているモンスターがいる。 その恐ろしい目を見た気がした。 EMDRを受けた時も子供時代の記憶がところどころで邪魔してきた。でも向き合ってこなかった。 今度こそ対峙しないといけないかもしれない。 高校時代と違って生死にかかわることはなかった。でも子供の僕にとっては、家庭は自分の生死より大きかったのかもしれない。そう感じていた。それが全てだった。今思えばただの馬鹿なのだけど、自分とはいえ子供相手には責められない。 対峙する為には、今まで努力して認めようとしてきた自分を、また

    歪みの根本 - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/09/16
    きっと、大丈夫ですよ。
  • 優しいお姉さんが欲しかったこと 自分を愛する、認めることの難しさ 『寄り添う』 - 感じたこと、思ったことノート

    5歳の時に弟ができ、7歳の時に妹ができ、長男として生きてきた。 小学校の頃からいつも思っていたのは、優しいお姉さんが欲しいということだった。究極の無い物ねだり。 なぜそんなことを思っていたのかはわからない。家庭環境は複雑だったけど、母には在るがままを認められていたし、母方の祖父母にも愛されて育ってきたはずなんだけど。 色んなものを受け取っていたはずなのに、受け取っている側としての実感があまりなかった。当に感謝はしているのだけど。 小学校低学年の頃から、僕は良い子でいることを意識していた。子供だから美化された記憶でもあるのだろうけど。 いつも辛い想いをして泣いていた母を救いたかった。笑ってはいたけど、辛さが透けて見えていたから。もっと笑って欲しかった。だから良い子にしていた。 褒められたくてやってたわけじゃない。だから褒められたくなかった。 酷い喘息持ちの母が眠れず辛そうにしている時、背中

    優しいお姉さんが欲しかったこと 自分を愛する、認めることの難しさ 『寄り添う』 - 感じたこと、思ったことノート
  • 災害と支援 同情、善意とヘイト - 感じたこと、思ったことノート

    支援支援ってなんでそんなに躍起になるのだろう。 善意を否定するわけじゃないけど、そこまでのものなのだろうか。 ライフラインが滞って不自由は不自由なんだろうけど、それは自由の形が現代日の形になって、しかもそれが当たり前という認識が共有されているからそれが不自由だと感じるだけなんじゃないだろうか。 なんでその生活が常に前提にあるのだろう。この程度の災害(ごめんね)で喚いて、主張して、言い争って。人類の未来の暗さしか見えない。 日のモラルは確かに特殊だと思う。でもそれが良い面ばかりだとは思わない。そしてそれそのものもいずれ瓦解するものだろう。生きているうちにそれを見ることになると思う。だから僕はそこに縋るつもりはない。 便利が自由とは限らないし、不便が不自由とも限らない。ただ、それが当たり前になっているから被害を被っていない人は善意として支援をしたがる。 前提となっている感情が『かわいそう』

    災害と支援 同情、善意とヘイト - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/09/15
    理想の死に方は考えたことはありませんが、私は死ぬことがわかってその日までいろいろ整理してから死にたいですね。突然だとやり残したことがあり死にきれない気がします。でも子供が成人した後なら何でもいいかな。
  • 伝えることと苦手意識 わかりやすさと妥協 Poets of the Fall 僕にとってのこの場 - 感じたこと、思ったことノート

    昨日、言葉なんて捨ててしまいたいという思いと、想いを伝えることの悦びを1日のうちで両方味わった。流体の中にいるのを楽しんでいるような人間なので、そんな変化を味わうのも好き。 伝えるということは人間にとって能レベルで大切なことだと思う。 僕個人としては、伝えることをはじめ、コミュニケーションに関してはいろんな難がある。 伝えたいという思いは人一倍あるのに、それに対するさまざまな恐れがあって言葉が出ない。 想いが周りの人とかけ離れていて伝わりづらい。 伝わらないと思うとすぐ諦める。 受身なので話題を振ることに勇気がいる。興味のある話題があっても自分から入らないで、いつもアリジゴクのように待ち構えている。 相手の事を聞いてばかりで自分の内側をなかなか出さない。キャッチボールではなく、相手の気持ちをべているように感じることがある。 感覚で話しているので、自分で何を言っているか明確に把握していな

    伝えることと苦手意識 わかりやすさと妥協 Poets of the Fall 僕にとってのこの場 - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/09/13
    素敵な曲ですね。とてもきれい。Given and Denied好きですね。
  • 『やられたらやり返す』の難しさ - 感じたこと、思ったことノート

    『やられたらやり返す』、『やられっぱなしにしない』これらは僕にとって当に難しい。『ノーと言うこと』もそれに近い。そしてこれが元でトラブルが舞い込んでくるのも知っている。 知っていることと出来ることは違う。 『人を傷つけてはいけない』、『自分が嫌だと思うことを人にしてはいけない』大人たちは先ずこれを突き付けてきた。これらは自分にとって分かり易いからか、前提になった。誰よりも傷つき易いから、傷つけることが良くないということはすぐに染み込んだ。後者も同じようなものだった。 そうなった時、『やられたらやり返す』は僕の中ではその前提をひっくり返すものになる。「やってきた相手なのだからやり返していい」、その割り切り方を僕は出来ない。痛みの感じ方が人によって違うことも僕にとっては前提だった。どうやり返せばフェアになるというのか。フェアにする必要がないと言われても、それでは何の為にやり返すのかが理解でき

    『やられたらやり返す』の難しさ - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/09/01
    犠牲の星の下に生まれる子供、いなくなるといいですね。
  • 昔のこと1 僕のこれまでの概要 - 感じたこと、思ったことノート

    昨日中途半端に過去のことについて触れてみて、やはり少しずつ不定期に出していこうかなと思いました。誰かのために書くのではなく、いつかは清算しなければならないから。訣別の為にも。もう10年以上過ぎたのだし。 前提として軽く今までのことを書いてみる。 僕は周りの子たちより幼く小さかった(早生まれの上に成長が遅かった)ので、小中と軽いいじめにはあったりしたけれど、それでもどす黒いヘイトの標的になるようなことはなかった。ただ性格的に合わないことは色々あったけど、生活に支障をきたす程ではなかった。 僕の人生で今も重く残っているのは高校時代の出来事と、その後の空白期間の出来事。 時空の歪みのように、その時の出来事で色んなものが歪んでしまった。 具体的にはヤクザ見習い連中の奴隷のようになり、呼び出しに次ぐ呼び出しと暴行でボロボロになった。呼び出しはそれなりにまじめに学校に通っていた僕にとって、悪いと言われ

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  • 9月という死神 これから消える命 - 感じたこと、思ったことノート

    な9月が来る。 今年はいくつの若い命が消えるだろう?9月は当によくできた死神だと思う。 夏休み、束の間の休息は心を休めるのには不十分でも、解放の味を知るには十分な時間。その浮き上がりかけた、輝きを取り戻しかけた心を絶望の淵に突き落とすのが9月。 その絶望の淵で彼らが見るものは、秋にしがみつく寒く冷たい冬の影であって、暖かい春は見えない。その暖かい春も解放を意味するとは限らない。救いのなさとその孤独を思い知ることとなる。 浮き上がった分深く沈むことになる。その解放の味が、苦痛と同義になった生からも彼らを解放するのかもしれない。 彼らの死は一つのセンセーショナルな話題にしかならない。そして彼らは単なる数字になる。彼らは世間にとっては結局は異質で、単なる脱落者に過ぎないから。だから受け止めない。直視しない。 他人事だから犯人探しができる。そうすることで自分を正当化することが出来るから。 で

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    katukokatu
    katukokatu 2019/08/31
    言葉がみつかりません。
  • 背徳感 - 感じたこと、思ったことノート

    背徳感、その特殊な快さは筆舌し難いものがある。 必要上改宗し、仕方なくも善い子に過ごしていた日々。善い子でいるのをやめ、禁忌を破った時のゾクゾクとする快感。 その快感は、僕にとっては他の快感と同じく報酬であった。禁忌とされるものに相乗効果として与えられる快感。 後悔などなかった。善い子で居たのは必要があったからだ。そもそも僕は人を裏切ってはいないから、後悔する必要がない。神は僕の中にも外にも居ない。 でももし心からその神を愛し、その下の平等の恍惚に浸っていたら。枠にどっぷりと身を置いていたら。その背徳感はさらに大きかったかもしれない。そう考えるともったいないことをしたかなぁとも思う。そんな自分は想像もできないのだけれど。 背徳感という快感は回を重ねるごとに薄れた。その枠を破ってその外に身を置いたからだと僕は解釈している。 だとするなら、背徳感は枠の中のルールを破ること、枠を突き破ることに対

    背徳感 - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/08/30
    背徳感から快楽を感じることもあるんですね。私はたぶん、ないかな。この先わからないけど。
  • この前の海と写真 - 感じたこと、思ったことノート

    今日は楽しいことが書きたいので、この前海で思ったことや感じたことを写真で振り返ってみようと思う。携帯画像なので画質は悪いです。貰い物だしレンズも曇ってる。 到着後休憩がてら屋台カフェでコーヒーを飲んでる時の光景。これ好き。 もはやブランコとして機能しないけどそこに座る、女の子の「そこにブランコがあるから」という確固とした意志を感じる。というのは冗談。 子供の頃は時間の流れが遅くて、ぼーっとする時間も短かったけど、その儚い時間も今想うと愛おしくもあり恋しいな。今でもしょっちゅうぼーっとしてるけど。 瞬間を写せるから写真は好き。光景も人や動物の動きも、感情や思考、そこに表出する表情も全て瞬間。自分の見たそれを残せるとやっぱり嬉しい。 海は色んな顔を見せてくれるから親近感がある。その時によって変わる波のリズムも好き。 この日はちょっと落ち着かない感じだった。自分が反映されるんだろうなぁと思うけど

    この前の海と写真 - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/08/21
    こういうのが海なんですね。私が見てきた海とは違います。
  • 命のやり取り 子供の見る世界と持つ世界 押し付け - 感じたこと、思ったことノート

    おかげさまで今日は大分元気になりました。 昨日書いた中で、僕は必要なら魚もニワトリも鹿も殺すと書いたと思う。それはべるために必要だから。僕にとっての害獣も殺すことはある。でもそういうものだと思っているので、それについてはそこまで気にならない。ただ自分で手を下すのは、その方がいいかなぁと思うから。そこまで深い意味があるわけでもない。 命のやり取りについては綺麗事でもあるけれど、僕には実感が必要。 実感はなにも負の要素だけでなく、五感で感じる中、昂ぶりや喜びも感じる。僕は自分が自然の中に在ることの実感が何よりも必要で、その中にいれば生も死も、教えられてきた死生観とは別の軸で受け入れることができる。そういうものだと。 べ物に関しても同じ。それは以前書いた気がする。生きていた時の形や匂いを調理の過程で、五感で、身体で実感することは僕にとっては意味のあること。精神の安定にも欠かせない。あまりにか

    命のやり取り 子供の見る世界と持つ世界 押し付け - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/08/21
    そうですね。死に対する考えは自然に、いろんな経験を重ねて自分の中で築きあげていくものですね。
  • ロードキル - 感じたこと、思ったことノート

    少し重いかも。引きずりこまれそうな人は読まないでください。 今日はまた車で長距離移動だった。 山道、カーブを曲がり切ったところで犬が撥ねられていた。反対車線の真ん中でパタパタもがいていた。 また轢かれるかもしれない位置だったけど、僕は何もせずに通り過ぎた。 停まる場所がなかった。嘘。200m先には車を駐められる場所があった。でもそこでも止まらなかった。 当は怖かった。大型犬だったから怖かった。それに高速で車が入ってくる場所だったから。 自分の安全や色んなものを計算して見捨てた。苦しむ姿をどうでもいいことと天秤にかけて、どうでもいいことを選んだ。 前回は仔犬だったし、見通しが良い場所だったから道端の日陰まで運んだ。でも今回は見捨てた。 結局自分の都合で僕は動かない選択をしてしまった。 いつでも引き返せたのに、誰かがやってくれると人任せにして放置した。 3秒くらいの出来事だった。でもその一瞬

    ロードキル - 感じたこと、思ったことノート
    katukokatu
    katukokatu 2019/08/20
    私も同じことを考え、自分を責めます。