男は気づき始めていた。 学生時代、数学の時間にベン図というものを学んだ。集合の関係や範囲を視覚的に表現したもので、ふたつの円を並べて描き、重なった部分が「且つ」となる。結婚した当初、男にはふたつの円があった。円の名は、ひとつは家族。もうひとつは自分である。家族のための自分と、自分のための自分。それらは相反するものであり、どちらかを優先すればもう片方が幾許か犠牲になる。そういう性質のものだと直感的に理解していた。 「私はオール電化がいい」 それはハウスメーカーの担当者を前にした出来事。妻が隣でそう言った時、男は自分の円を心の奥にしまい込んだ。料理は、ガスで調理した方が美味しいのではないか、それに何より……。しかし、そんなことは口が裂けても言えない。オール電化の方が請求は一本化され、なによりIHヒーターの安全性と掃除の手軽さは目に見えていた。家計と台所の主担当者が男の妻である以上、男にそれ以上
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