中国の高速鉄道・復興号(右)と和諧号。それぞれ習近平、胡錦濤各政権の政治スローガンから名付けられた。開発当初、技術は日本、独仏カナダの企業から導入された=2017年7月3日、上海虹橋駅、吉岡桂子撮影 世界にさきがけて時速200㌔超で駆け抜けた日本の新幹線は、海の向こうにはばたく「夢の超特急」か、世界に誇る日本土着の「ガラパゴス」なのか。 「昭和」の高度成長の象徴として、日本独自の発展をとげた新幹線だが、「平成」になって海外を目指すようになった。日本人に愛され続けてきた秘蔵っ子は今、国際競争の荒波にさらされている。 筆者は朝日新聞の企画「平成とは」で「新幹線 アジアに渡る」(4月29日付朝刊)を執筆。そこで、新幹線輸出の初めての成功例となった台湾での逆転劇、政治にもみくちゃにされた中国での苦戦、今まさに高速鉄道の建設がすすむインドでの経緯を描いた。 成長戦略の切り札としてインフラ輸出の「目玉