ブックマーク / kidnapping.jp (46)

  • 全国拉致監禁・強制改宗被害者の会 統一教会信者への人権侵害の実態

    2024/02/03 鈴木エイト氏に対する名誉毀損訴訟・第一回口頭弁論 報告会動画公開! 詳細 ► 2024/02/01 『公正な報道と記事の訂正を求める要望書』を中山達樹弁護士が弁護士ドットコムに送付 詳細 ► 2023/12/22 ビラ作成しました「刑務所よりも過酷な拉致監禁現場」 詳細 ► 2023/11/09 11/3 新潟シンポジウム『家庭連合信者に人権はないのか』YouTube配信のお知らせ 詳細 ► 2023/11/01 当会代表 後藤徹の手記が月刊『正論』2023年12月号に掲載されました! 詳細 ► 2023/10/12 9/10開催 拉致監禁問題を考える特別シンポジウム 講演者別の動画をYouTubeにアップ 詳細 ► 2023/10/12 当会代表 後藤徹が鈴木エイト氏を東京地方裁判所に提訴 詳細 ► 2023/09/14 「拉致監禁」問題を考える特別シンポジウム―家

  • 新聞・メディア情報|監禁下の熾烈な攻防 解放時は、栄養失調状態|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    続・拉致監禁 侵された信教の自由 3.監禁下の熾烈な攻防 解放時は、栄養失調状態 2009.8.17 世界日報紙掲載 「教団組織の中にいたのでは、自分で冷静に考えて抜け出すことはできない。だから自分の頭で考えることができるように、統一教会を検証できる場を作ってあげている」、「マインドコントロールされているあなたをカルト教団から緊急避難的に保護している」 こうした拉致監禁の実行者たちの主張に対し、後藤さんは「家族や元信者の言うことは、ハンで押したようにパターン化し、彼らこそ誰かにマインドコントロールされていると感じました」と当時を振り返りつつ、こう反論したという。 「話し合いなら大いにしましょう。しかし、拉致監禁は犯罪で、重大な人権侵害だ。ここは話し合いや検証する場ではない。あなた方が『保護』という名の下に、強制的に信仰を奪おうとしていることは火を見るより明らかだ。ここは自由と民主の社会なの

  • 新聞・メディア情報|偽装脱会を試みる 強制改宗屋が再度登場|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    続・拉致監禁 侵された信教の自由 2.偽装脱会を試みる 強制改宗屋が再度登場 2009.8.16 世界日報紙掲載 拉致された後藤さんが監禁されたのは、新潟市内の見知らぬマンションの6階だった。激しく抗議する後藤さんに対し、全く聞く耳を持たない家族。部屋の窓には内側から特殊な鍵が付けられ、玄関ドアは、内側からも施錠できるタイプのものだった。 外に出ることは不可能な部屋で、兄はこう言い放った。「この問題を解決するまでは、絶対に妥協しないし、この環境もこのままだ。我々はどんな犠牲を払っても決着をつける。お前もそれは覚悟しておけ」。 しばらくして、家族から脱会説得を依頼された新津福音キリスト教会の松永堡智牧師がマンションに来るようになった。「牧師らしく口調はソフトで振る舞いは紳士的。しかし、そこは監禁というおぞましい犯罪行為が行われている場所なんです。人も知らないはずがない。松永牧師の全く悪びれ

  • 新聞・メディア情報|ホテルに呼び出し 部屋から出られず脱会説得|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    続・拉致監禁 侵された信教の自由 1.ホテルに呼び出し 部屋から出られず脱会説得 2009.8.15 世界日報紙掲載 後藤さんは日大学建築科4年だった1986年、東京都練馬区のアパートから学校に通っていた。家族は大手製紙会社の管理職の父、専業主婦の母、後藤さんと4歳違いで建設会社勤務の兄、3歳下で短大生の妹の5人で、兄も後藤さんも両親を尊敬し、兄妹も仲が良かった。 そのころ、統一教会に入教した兄から後藤さんと妹が誘われ、1年ほどで後藤さんが、その後妹が教会活動をするようになった。もともと、兄妹間に信頼関係が築かれていたので、兄や教会の人たちの指導で2人が教理や教会の日常活動になじむのに時間はかからなかった。熱心に教会活動に励み、特に兄は、教会の広報誌に伝道優秀者としてその活躍ぶりが載ったこともあった。 ところが翌87年の5月、実家に帰っていた兄と、教会との間の連絡が途絶えた。当時から、信

  • 新聞・メディア情報|組織立ち上げ社会に訴え|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    拉致監禁 侵された信教の自由 5.組織立ち上げ社会に訴え 累計4300人に及ぶ拉致被害者 自由を剥奪し改宗強要は違法 2009.6.27 世界日報紙掲載 強い恐怖感を体験したことで起きる心的外傷後ストレス障害(PTSD)が、棄教を迫られ拉致監禁された人たちの間にも起こっている。 この2月には監禁から解放されたものの心の傷を抱える人たちが集まり、市民組織「拉致監禁をなくす会」(代表・小出浩久氏=医師)を立ち上げた。「二度と監禁などということはやめてほしい」と被害者人たちが、社会に向かって訴える運動で、連載第1回で紹介した後藤徹さんが副代表だ。 拉致監禁の被害者は、キリスト教系の宗教団体の信者が多い。宗教的な異端論争に端を発して、拉致監禁に手を貸す牧師が多いからだ。特に統一教会の信者に対しては、1960年代後半にキリスト教福音派の関係者が、所属する教会に統一教会信者を連れてきて説得するように

  • 新聞・メディア情報|後遺症に苦しむ野副牧人さん|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    拉致監禁 侵された信教の自由 4.後遺症に苦しむ野副牧人さん 3階から飛び降り脱出 一時、下半身不随の宣告も 2009.6.26 世界日報紙掲載 東京・三鷹に住む野副牧人さん(49)の背骨の一番下・第一腰椎は砕けたままだ。拉致監禁された場所から脱け出そうとして負傷した時の後遺症だ。そのため身長は174センチから171・5センチに、約3センチも縮んだ。 野副さんが拉致監禁されたのは平成4年9月中旬、既に17年の歳月を経たことになるが、その時の思いはまざまざと蘇よみがえってくる。キリスト教の牧師だった母親の元に久しぶりに帰省した時だった。そこに待ち受けていた親族たち。突然腕をつかまれ、引きずられるようにして強引に車に乗せられた。力任せに振り払って逃れようとしたが、大勢に囲まれ全く歯が立たなかった。「とてつもない恐怖心に駆られた」。慎重に言葉を選びながら語る。 連れて行かれたのがマンションの一室

  • 新聞・メディア情報|3度拉致された小林宗一郎さん|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。新聞・メディア情報 3度拉致された小林宗一郎さん 「家族の問題」と警察動かず 5重の鍵、板張りの窓 拉致監禁 侵された信教の自由 3.3度拉致された小林宗一郎さん 「家族の問題」と警察動かず 5重の鍵、板張りの窓 2009.6.25 世界日報紙掲載 5重のカギがかけられていたなど監禁された「異常な部屋」の図面を書く小林宗一郎さん 大学生だった平成4年に統一教会に入信した小林宗一郎さん(37)は、3回も拉致され、信仰を棄てるよう強要された経験を持つ。いまでも「壮絶な出来事だった」当時をたびたび思い出すという。 最初の拉致は同年11月末。家族と一緒に寝ていた小林さんは、強引に車に押し込められ、東京・上野にあるウィークリーマンションに連れて行かれた。何とか助けを求めようと、大声で叫び続けた。 しばらくすると、近所の人が通報し

  • 新聞・メディア情報|実態暴露した小出浩久さん|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    拉致監禁 侵された信教の自由 2.実態暴露した小出浩久さん 拉致現場に現れた弁護士 監禁状況に「違法性なし」の認識 2009.6.24 世界日報紙掲載 小出浩久さんの著書 都内の病院に内科医として勤務する小出浩久さん(46)は、手荒な改宗請負で知られる宮村峻氏率いるグループに、平成4年6月から実に2年に及ぶ拉致監禁・監視の生活を余儀なくされた経験を持つ。 これまで多くの信者が、密閉された空間に閉じ込められ、執拗に教祖家庭に対する中傷、教理への細かい追及、教会活動への一方的非難を浴びせられた。その一方で、泣きながら訴える肉親に対する情の板挟みで、ついには信仰の断念に追い込まれてきた。 人の自由意思を全く無視しての“強制改宗”で深く傷つく人も多い中で、小出さんも深い心の傷を負ったが、拉致監禁中の態度は異色だった。 幼いころから天理教の信仰を持ちながらも、神について納得できないモヤモヤを抱えて

  • 新聞・メディア情報|12年余耐えた後藤徹さん|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    拉致監禁 侵された信教の自由 1.12年余耐えた後藤徹さん 家族の背後に強制改宗屋 監禁で極度の衰弱、体重は半減 2009.6.23 世界日報紙掲載 「ここ荻窪で私は12年5カ月監禁されました」。5月下旬の日曜日、都内・荻窪駅前で、ハンドマイクを持った都内在住の後藤徹さん(45)が訴えた。「2重に施錠されたマンションの一室で、常時2人から4人に監視され身動きが取れなかった。この非道の事実を国民に知ってほしい」。 若い女性は、受け取ったビラをい入るように見ていた。 後藤さんは、これまで2度拉致監禁されている。そのうち2度目は1995年、監禁場所は何カ所か移動し、この荻窪にあるマンションでは10年余り閉じ込められ、解放されるまで一歩も外に出られなかった。 最初の監禁は87年、後藤さんがあるゼネコンに勤務していた23歳の時だった。世界基督教統一神霊協会(統一教会)に入信した彼に対し、元信者の兄

  • 新聞・メディア情報|「警視総監さま、助けて下さい」 気丈に振る舞う婚約者|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    「ありがとうございます。よろしくお願いします」 失跡したNさんの婚約者、菅野江里子さんは7月29日、東京・霞が関の警視庁庁前で道行く人にビラを配った。人通りが多いわけではない。そのぽつり、ぽつりとビラを受け取る人一人ひとりに、深く頭を下げて手渡していた。 <警視総監さま、助けて下さい!!> 愛する婚約者が突然、私の前から姿を消して1ヶ月半になります。 ……… 婚約者が姿を消した裏には、私と婚約者との信仰があるとわかりました。信仰の自由が認められている日で、信仰を持つことがいけないことなのでしょうか。私たちの信仰に反対の人たちが、信仰を妨害し、愛まで引き裂いていますが許されることなのでしょうか。これは犯罪なのではないでしょうか。 婚約者を私から奪い、婚約者が信仰を捨てるまで監禁している人たちは「大丈夫だ。警視総監のお墨付きがあるから犯罪にはならない」と豪語して、堂々と犯罪に手を染めている

  • 新聞・メディア情報|本人の意思確認ないまま バイアスかかる警察の対応|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    江里子さんは、Nさんの失跡が明らかになった翌日、Nさん宅最寄りの東京・杉並警察署に出向くと、窓口で生活相談課を紹介された。対応した一花剛・防犯係巡査部長は、婚約者宅の見回りや所在確認に尽くすことを約束してくれた。 また江里子さんは、統一教会の信者がこれまで受けてきた拉致監禁のケースとNさんの失跡が酷似しているから、至急対応してほしいと訴えた。しかしその点について、同巡査部長は「心配するに及ばない」と答えるだけだった。 1週間後に、一花巡査部長から「(Nさんの)両親と連絡が取れ、居場所が分かった」と電話があった。「両親が『(Nさんは)自由に出入りできる(所にいる)』と言っている。人と連絡が取れてはいないが、事件性は無く、家族の話し合いだ」という内容だった。 そこで、江里子さんが「出入りが自由ならなおのこと、婚約者の私も連れて行ってほしい」と頼むと、「待ちなさい、彼と親を信じなさい、警察が顔

  • 新聞・メディア情報|失跡から45日、拉致監禁か 相思相愛の2人|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    慶応大学院を修了した男性NKさん(25)が、6月13日の深夜から14日未明にかけて東京都杉並区の自宅から失跡した。それから45日以上たつが、消息はつかめていない。 昨年9月、Nさんと婚約した菅野江里子さん(25)は悲嘆に暮れるばかりだ。2人は統一教会の信者で、Nさんは強制棄教を迫られ、脱会屋や両親に拉致監禁された疑いが濃厚だが、地元警察は「事件性はない」として積極的に動く様子が見られない。 髪を切ってCuteさが更にupしてしまったえりこさま。一瞬で(犬の目と鼻がハートマークになったイラスト)になりました。こうして2人でDATEできるなんて、何て幸せなんでしょう。ぴったり寄りそう二人は、二子玉(ニコタマ=東京・二子玉川)で「がぁがぁ堂」で庶民派な中華をたんのうし、晴天の二子玉をお散歩♪… 失跡する1週間前6月5日の日付で、Nさんは江里子さんとの交換日記に、その日のデートの様子をこう書いた

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口 | 反対派の手口(統一教会信者の親に対する働きかけ) | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口。反対派の手口(統一教会信者の親に対する働きかけ) 冊子「拉致監禁」シリーズ 3 反対派の悪辣な手口 2 反対派の手口 2.統一教会信者の親に対する働きかけ (1)相談に来た統一教会信者の親に対する指導 統一教会信者の親が、高澤牧師に相談しに来た場合、どのような指導を行うのかについて、高澤牧師は次のように証言しています。 まず、統一教会が「社会悪」であることを話し、信者が「マインドコントロール」されていることを、親との間で確認し合っていくといいます【注10】。その際、統一教会問題は「家庭問題」「親子問題」という側面が強いため、子供が統一教会に通うようになった心理状況を把握してもらうための「ガイダンス」や「教育」を心掛けているといいます【注11】。そして、親に対し、信者を

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口 | 反対派の手口 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口。反対派の手口 冊子「拉致監禁」シリーズ 3 反対派の悪辣な手口 2 反対派の手口 1.高澤守牧師の経歴 高澤守牧師は1942年、新潟県生まれ。1965年に洗礼を受け、1972年に神戸聖書学院に入学。1979年、牧師資格を取得し、1981年、単立・キリスト教神戸真教会に赴任して現在に至っています【注1】 高澤牧師は、1972年の神学生時代、八王子で開拓伝道をしているとき、統一教会信者の改宗を行ったといいます【注2】。そのときは任意の話し合いで脱会させて、監禁はなかったとのことです【注3】。彼は神戸真教会に赴任してからも改宗活動にかかわり【注4】、約10年前(86年ごろ)から信者を監禁して脱会の説得を行ってきました【注5】。現在(1996年)まで約200名を脱会させ【注6

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口 | 反対派の手口 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会信者に対して行われる「拉致監禁」による強制改宗事件が、1966年から今日まで多数発生してきました。 脱会説得を担当するのは一部のキリスト教牧師ですが、これまで彼らは、「脱会説得は、親に頼まれて話しをしただけで、拉致監禁にかかわっていない」と主張してきました。 ところが、神戸地裁の「青春を返せ裁判」(平成四年ワ第一七三二号事件)に、原告側証人として出廷した高澤守牧師(単立・キリスト教神戸真教会)は、統一教会信者の親族に対し、子供を拉致監禁するよう働きかけていたこと、自ら拉致計画の立案・実行に深く関与し、親と密接に連絡を取り合って親を操っていたこと、監禁場所で凶器を持ち出し、信者に対話を迫っていたことなどを認める発言をしています。この高澤牧師の証言に基づいて、反対牧師の手口を明らかにしたいと思います。

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口 | はじめに | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口。はじめに 冊子「拉致監禁」シリーズ 3 反対派の悪辣な手口 1 はじめに 1966年、森山諭牧師(日イエス・キリスト教団荻窪栄光教会)の主導によって、統一教会信者に対する最初の強制改宗事件が起こりました。 翌年7月7日、朝日新聞が「親泣かせ原理運動」という批判キャンペーンを開始。その報道に不安を煽られた親族が森山牧師とつながって指導を受けたため、拉致監禁事件が多発していきます。 反対派から指導を受けると、親族はさらに不安をあおられて、結局、反対牧師や元信者と協力態勢を組みながら、統一教会信者に対する強制棄教に取り組むようになります。 脱会説得するには聖書等に関する専門的知識が要るため、統一教会信者を子にもつ親は、脱会説得を専門に行う牧師や元信者につながって約半年から

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 清水牧師「縛ったっていい」 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 3 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 清水牧師「縛ったっていい」 監禁された翌日、私が呼んでもいないのに清水与志雄牧師が監禁場所にやって来ました。私は不当な環境の中で、一方的に話してくる牧師の話に対して、何を聞かれても感想を述べませんでした。 一方、親が「統一原理の講義をしてくれ」と頼んできたため、愛美書店で御言をそろえてくれるように頼み、原理講義を始めました。私は、親を伝道しようと真剣に決意し、講義案をつくり、70日間で総序から再臨論までを講義しました。 途中、モーセ路程を聞き終わった父は、文先生のことを

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 油断させて、二度目の拉致監禁 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 3 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 油断させて、二度目の拉致監禁 二度目は、1995年3月でした。両親が、私の大学卒業のお祝いをしてくれるということになりました。親戚も来ると聞き、私は「両親や氏族を伝道できるチャンスだ」と思い、喜んでいました。当日、親戚は教会のVTR「丹心」を見てくれ、拍手までするのです。その後、ボーリングと事を一緒にし、私はお祝いまでもらって大喜びでした。 ところが、それは私を油断させるための罠だったのです。私は騙されていることに全く気づかず、帰宅の車に乗りました。ところが、私の乗

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 助け求める私の頭たたいた刑事部長 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 3 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 助け求める私の頭たたいた刑事部長 1992年11月30日、教会から自宅に帰った真夜中のことです。ベッドに入った直後、両親と親族らが「話し合いだ、牧師先生の話を聞くんだ」と私を羽交い締めにして無理やり車に押し込み、目隠しをしたまま上野のウィークリーマンション10階まで連行し、監禁してしまいました。 私は、暴力的に連れ去って閉じ込めるという、その不当なやり方に抗議して騒ぎました。足で思いっきり窓を蹴飛ばすと、窓ガラスが割れ、大声で「拉致監禁です、助けて下さい」と叫んで

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | 拉致監禁事件に終止符を打つため、両親・牧師を告訴 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。拉致監禁事件に終止符を打つため、両親・牧師を告訴 今利智也・理絵夫 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 2 拉致監禁事件に終止符を打つため、両親・牧師を告訴 今利智也・理絵夫 「両親を訴えることに躊躇いがなかったと言えばウソになります。 でも、自分と家族の身を守り、信仰を守り、統一教会の会員を襲う拉致監禁問題に終止符を打つため、さらには日に真の信教の自由を打ち立てるためにも、この方法しかなかったと思います。?肉を切らせて骨を断つ?というような信念でした」 今利智也さん、理絵さん夫は、神奈川県内の自宅で両親などを訴えた心境をこう語った。 理絵さんはこれまでに二度、家族と牧師の手によって拉致監禁された経験を持つ。1995年10月下旬の時は