「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」鑑賞。 怪人/怪物のたぐいは映画の中で、現実の何かを象徴している事が多い。 例えば水爆実験によって蘇った怪獣「ゴジラ」は終戦間もない日本にとって、抗う事の出来なかったアメリカ軍の絶対的な攻撃を思い起こさせただろう。「エイリアン」のシガニー・ウィーバーが終盤でちぃっちゃいパンツで半ケツはみ出して、チンコ型のエイリアンから逃げ回っているのは、そのまんま表現とも言える。 この「ネガティブ〜〜」の怪人「チェーンソー男」が何なのかが判明する中盤で、巧みな論法の軸ずらしによって通常決して勝利する事の無い、思春期の少年少女の抱える問題にドラマ的な『勝利』をもたらすための象徴である事が解る。 面白いのは、チェーンソー男はあくまでヒロイン/絵理の闘うべき『敵』であるのに対して、主人公/陽介のそれは『憧れのアイツ』な所。双方ともそれぞれに『死』をつきつけるワケだが、ヒ