※本記事は、『日経エレクトロニクス』2011年10月17日号に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の社名や肩書き、情報は掲載当時のものです。 1980年代に栄華を極めた日本の半導体産業は、1990年代以降、急速に国際競争力を失った。一つの要因とされるのが、日米政府が1986年に締結した「日米半導体協定」である。1996年、日本の半導体業界を代表してこの協定の終結交渉に臨んだのが、牧本次生氏だ。日立製作所で半導体事業を率い、後にソニー専務などを務めた“ミスター半導体”の異名を取る人物である。協定を終結に導くまでの秘話を同氏が明らかにする。