筆者は2003年6月に記者の眼の1エントリとして,「最近のコンピュータ書籍は面白い」を書いた。これまでの教科書スタイルからは一風変わった,著者の個性を前面に打ち出したコンピュータ書籍が増えてきたことを,3冊の書籍を例にとって紹介した。 筆者はその後も,書籍を読み続けている。相変わらず書籍は,筆者に役立つ様々な情報を与えてくれる。そのコンテンツはもちろん,構成,著者の考えかた,その伝えかた,表現手法など,読者としても編集者としても学ぶところは多い。 最近“Rubyというプログラミング言語をいかに学ぶか”というテーマの書籍を,続けて読む機会があった。ここでは3冊紹介しながら,筆者が読んで気付いたこと,感じたことを記す。最後にまとめとして,著者と読者の幸せな関係の形を少し考えたい。 以下では,筆者の一人称を「私」に切り替える。紹介する書籍を書いた「著者」と,この記事を書く「筆者」を区別するためで
最近よく思います。 システム開発の上流工程においてはコードは出てこない。言葉や図解で埋めつくされて、最終的には日本語でしかない。設計書とか仕様書とか。で、この大抵上流工程ではこれらのドキュメントに対するレビューなるものがあるのですが、これが実に無益なものだと感じることが多い。こんな所でPDCAまわして何が面白いんだろうとよく思う。 ここでチェックする多くのことは、言葉の解釈に関することがほとんどです。 この言葉はプロジェクトで使われていない 書き方が統一されていない 誤字脱字が多いので直せ。 この文章ではこのように解釈される恐れがある ここではこのような話になっていたがどうなのか こんなんばっか。どこもそうだと思う。解釈の違いは、要件の違い。なんちゃって。 で、結局こういうことを繰り返していくうちに段々とドキュメントがグダグダになっていく。そして繰り返していっても前提が変わってしまえば全部
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