戦後ソ連軍によってハンガリーが占領されつつある中、ナジはハンガリー共産党の一員としてハンガリー臨時国民政府に参加して農業大臣を務めた。共産党はハンガリー民主党を吸収してハンガリー勤労者党と改組され、ハンガリー人民共和国の指導政党となった。 1953年6月、ヨシフ・スターリンの死によって失脚したラーコシ・マーチャーシュの後任として首相に就任した。スターリンの死後、緩み始めたハンガリーの共産主義に対し、民衆は低賃金問題や食糧難に喘ぐ組織的なストライキを決行。更に、ブダペスト重工業、軽工業地帯でもストライキが相次いだ。こうした自国の危機的状況を重く見たナジは政策の路線を一新した。まず困窮する国民の生活を改善しようとし、社会主義の象徴の一つでもあった農業集団化制度を緩める。更に、宗教に対する厳しい締め付けを緩和。強制収容所を廃止した。しかし、その西側資本主義陣営的なやり方はすぐにスターリン主義者達

