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ロシアに関するkotobukuのブックマーク (2)

  • ミハイル・バフチン - Wikipedia

    「ドストエフスキーの詩学」初版において、バフチンは、それまでのドストエフスキー研究を、登場人物の思想や心情と研究者が対等にたって、実在の人物のように批評・批判するものや、逆に、登場人物の思想や人格を作者の思想や人格の「表現」として分析したものであって、どちらのやり方も、小説のテキストをそれ自体として捉えたものではないとして批判した。 すなわち、登場人物を実在の人物であるかのように扱いそれと対等の立場で論争・批評してしまうような研究では、作品全体の構造を捉えることはできず、また、その分析の内容も、文学作品としての固有のものではなく、歴史学・社会学的なイデオロギー分析にとどまってしまう。 他方で、そうした諸人物や事件を、作者の思想の「表現」として捉える研究では、畢竟、作者のイデオロギーの分析になるか、あるいは、伝記的な研究へと分析は逸らされ、そのような登場人物の、作者とは異なる固有性は捉えられ

    ミハイル・バフチン - Wikipedia
    kotobuku
    kotobuku 2010/07/28
    客観的に叙述し得る単一的な真理は存在せず、各人の思想が否定されずに尊重される。各登場人物は、作者ドストエフスキーと同じように、1人の人間として思想や信念を固持する権利が与えられている。
  • ベルジャーエフにおける宗教哲学の導因と問題

    20世紀初頭のロシアの思想的、哲学的状況における一つの特徴として、インテリゲンツィアの間にキリスト教への回帰が見られたことが挙げられる。 ニコライ・アレクサンドロヴィッチ・ベルジャーエフ(1874-1948)もそうした宗教的な思想家の代表者の一人に数えられるが、マルクス主義者として デビューしつつも、19世紀末から徐々に高まりを見せたイデアリズムの潮流に合流し、さらにメレシコーフスキーらに代表される「新しい宗教意識」の運動に も接近するなど、思想の形成過程や内実を評価する上で多くの問題を提起している。従って、リードID<a href=" ohsuga-tyu.html#1="">*1 の示すような 極めて簡単な規準によっても、ベルジャーエフを当時の思想的状況の典型として考えることが不適切であるという判断を下しうるように、当時のインテリゲン ツィアの宗教回帰に単一の導因や傾向を措定することは

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