私は、 漱石の『それから』 でnil admirariという 言葉を覚えた。 そう簡単には驚いたり、 感心したり、動かされたり しないというのは 人生に慣れ、擦れ、 一種の堕落した魂の 態度のようにも 思えるが、「ニル・アドミラリ」の 処方の仕方に よっては賞賛に至るしきい値を 上げ、より高きを求める原動力 にもなりうる。 そもそも、 人生を豊かなものにするための 必須の条件は、世の中にいかに 高き嶺があるかということを 知ることではないか。 簡単にはその高みには 行けないからこそ、 そのような上目使いを続ける からこそ、 育まれる精神性がある。 私は、結局、そういう人しか 信用しないようだ。 彼は通俗なある外国雑誌の購読者であつた。其中のある号で、Mountain Accidentsと題する一篇に遭つて、かつて心を駭かした。夫には高山を攀ぢ上る冒険者の、怪我過が沢山に並べてあつた。登山の