ブックマーク / blog.tinect.jp (340)

  • サウナに通い、青空がこんなにも高かった事に気がついた話

    前に交互浴の話を書いたのだが、最近、銭湯通いならびにサウナにハマっている。 究極の愉悦、「交互湯」を知ってしまった。 | Books&Apps サウナ&水風呂の組み合わせは凄い。 サウナで得られる快楽を端的に言うと、覚醒剤をキメてるんじゃないかという位シャープにキマる快感や、フワッとじんわり多幸感に包まれるような快感の2つがある。 これを労働後の週末にやると 「くぅ~キク~」 のである。まるで働いた後の一杯目のビールのような気持ちよさがサウナにはある。 サウナのお作法 サウナでの一連の流れはこんな感じだ。 ①さっと身体を洗う。入りたい人は軽く風呂に入る。 ↓ ②サウナに入る。身体の中心部まで熱が入ったように感じたら出る。 ↓ ③水風呂に入る。コツはパッと入って、じっとして動かない事。 ↓ ④そのうち段々と意識がシャープになっていくので、キマってきたら出る。 ↓ ⑤休むスペースがあったらそこ

    サウナに通い、青空がこんなにも高かった事に気がついた話
  • スタンフォード大教授の言う「現代の男性は以前と比較して”劣化”している」は本当か。データと統計の罠について。

    最近、インターネット上でデータや統計を色々と参照しつつ仮説などを提示する人をみるようになってきた。 これ自体は非常に喜ばしい事だと思う。 単なる個人の感想ではなく、なんらかの根拠を元に推論を展開するのは現代科学の基盤的な行いであり、極めて発展性があることだからだ。 ただ・・・その一方でこれらを色々と誤った方向に使ってしまっている人が多いのも、また事実である。 データや統計は、誰も知らなかった事実をあぶり出す事にも使えるのだが、一方でとんでもないウソをでっち上げられるのにもしばしば使用される。 この差が何なのかを学ぶために一から全てを学ぶのは物凄く大変だし、ちょっと効率が悪い。 そんな事をせずとも、ちょっとした思考のクセのようなものを持つだけで、これらに振り回される率は著減する。 というわけで、今回は数学を使わない統計の読み方のコツのようなものを書いていこうかと思う。 もっともらしい意見には

    スタンフォード大教授の言う「現代の男性は以前と比較して”劣化”している」は本当か。データと統計の罠について。
  • 僕は、コンビニで働くように、医師をやっている。

    仕事のやりがいは何ですか?」 学生時代、働いている人に会うと毎回毎回この質問をしていたのだが、 今に至るまで納得できるような回答をバシィっと僕に叩きつけてくれた人は1人もいない。 「おいおい、お前ら何のために働いてるんや」 学生時代の僕は微妙な回答をもらうたびに、心のなかでこう毒づいていたものだったけど、自分自身も働き始めてから上の質問が酷く難しいものだという事に遅まきながら気が付かされた。 自由の味は旨い 「やりがいって・・・なんだろう」 働き初めの頃はお金をもらえる事自体が嬉しかった。 給与をもらえる身分になり、親から経済的に独立し、自分の好きなように生活できるようになって、自由の味は当に素晴らしいものだと知った。 自分で稼いだお金で何をしようが、法に反する行為で無い限りは誰にも文句は言われない。 大学の帰り道に缶ビールを買って飲むと背徳感が残るが、仕事終わりにプシュッとやるのは格

    僕は、コンビニで働くように、医師をやっている。
  • みんながみんな、王道を突っ走らなくてはいけない世界をどうやったら変えられるだろうか

    書を書かれたのは児童精神医学の専門家である。 筆者はこのの中で非行少年達が 「なぜ非行へと走ってしまったのか」 「どうしたら非行へと走らずにすんだのか」 を延々と考察していくのだが、そこで明らかになる事実は色々と示唆的である。 筆者は多くの非行少年たちと出会う中で「そもそも反省という行為がキチンと行えない」子供が沢山いるという現実に驚かされたのだという。 彼らに少年院にて何度も何度も「こういう事はしてはいけない」「ここはこうすべき所である」というような教育を行っても、まるでヌカに釘のごとく、話した内容が右から左に抜けてしまい、全く頭に入っていかないというのである。 「ひょっとして、この子たちは正しい形で認知機能が働いていないのでは?」 そう思い様々なテストを行った所、やはりどうも認知機能障害があるとしか思えないような結果が次々と出てきたのだという。 これらに加えてIQテストを行ったとこ

    みんながみんな、王道を突っ走らなくてはいけない世界をどうやったら変えられるだろうか
  • 宗教から過激派が出現するのは、宗教が「生きづらい人」のためのものであり、かつ教義への批判を許さないから。

    今では壊滅状態に陥ったISISだけど、ちょっと前までは随分と強烈な社会問題となっていた。 その時に、 「ISISのようなものをイスラム教だと思わないでください。善良なムスリムがちゃんといる事を、理解してください」 といった、言説をよくみかけていたのだけど、これに対するある質問が僕の心に強烈に突き刺さったのは今でも忘れられない。 「じゃあ、なんでイスラム教から過激派がそもそも出てくるのですか?善良なムスリムがいる事は理解するけど、宗教が過激な集団を生み出すことも事実だし、イスラム教に問題が全くないと言いたげなその言説は、責任逃れにしかみえない」 この指摘は言われてみれば確かにそうなのである。 何もイスラム教だけが問題なのではない。 私達の国もオウム真理教という痛烈な痛みを経験したが、宗教というのは時に過激化する。 これを持って宗教≒悪と断じるのは言い過ぎだろうが、しかしなぜ宗教から過激派が出

    宗教から過激派が出現するのは、宗教が「生きづらい人」のためのものであり、かつ教義への批判を許さないから。
  • 人と人とは完璧にわかりあえなくても、一緒に居られるし、豊かになれる。

    以前に聞いて妙に感心した言葉の一つに 「夫婦関係はどっちかが勝ちすぎてはいけない。強いほうが適宜負けてあげる事が大切なんだ」 というものがあった。 この言葉の意図する事を解説すると、口のうまいヘタというのは筋力みたいなもので、フラットに勝負をし続ければ、いつまでたっても強いほうだけが延々と勝ち続けるに決まってるだろうという事だ。 筋骨隆々の人と、ヒョロガリの人が腕相撲を100回やったとして、ヒョロガリの人が1度も勝てない事を考えてもらえばわかりやすいだろうか。 夫婦喧嘩もこれと全く同じで、強い方が適宜手心を加えなかったら、弱い方はいつまでたっても負け続ける。 そんな一方的なゲームをやらされ続けて、弱いサイドが楽しいはずがないのは言うまでもない。 上に書いた言葉を聞いてから「これは確かに良くない」と思いなおし、僕はかなり意図的にとの口喧嘩で折れるようになった。 最初の頃はこの自分から”負け

    人と人とは完璧にわかりあえなくても、一緒に居られるし、豊かになれる。
  • できないことを、淡々と「できるよね?」と言われるのが、えらいシンドかったという話。

    これは以前も書いたような気がするのだけど。 僕はかつて、「よかれ」と思って後輩にミスを淡々と指摘し続けて、一歩手前にしてしまった事がある。 治すべきミスをキチンと指摘してあげたほうが、その後の改善ポイントがわかりやすいと思っての事だったのだけど、結果としてはあまり良いものとはならなかった。 なぜ後輩が落ち込んでしまったのか、正直なところ以前は正直よくわからなかった。 「仕事というのは怒られるうちが華」と洗脳にも近い形で教育されてきた身からすると、説教されずにファクトだけをベースに指導してもらえるだなんて、夢のような話じゃないかと思っていたぐらいである。 ところが最近、ちょっとした病をやり、自分自身がそれまで物凄く簡単にできていた事が全然できなくなった事により、目の前で出来ないことを淡々と「できるよね?」と言われる事がエラいシンドイということを身をもって知ることとなった。 「できません」と

    できないことを、淡々と「できるよね?」と言われるのが、えらいシンドかったという話。
  • 私達が安くて便利なサービスを使えるのは、私達の誰かが安く働いてくれるから。

    最近、この世の中には2つの世界があると感じている。 一方にあるのは中流階級以上が優雅に暮らす世界。 もう一方にあるのが低い賃金で非人道的な雇用条件を押し付けられ、かつそこから抜け出す事が難しい世界だ。 大前提として、私達の世界は物凄く豊かなはずだ。 物資に満ち溢れ、飢えること無く、また暴力的な出来事に関わる事もほとんどない。 それなのに、どうしてこの世には天国と地獄のような2つの世界ができてしまっているのだろう? 僕はそこにはマルクスが私達に教えてくれた事を無視したツケにあるように思える。 マルクスが私達に教えてくれた事 世の中になぜ格差があるのか?これを上手に説明したのがマルクスだ。 マルクスは、資主義社会においては人間は資家と労働者の2つに分類されるという。 資家は、労働者の労働力をお金で買い、それを用いてお金を再生産する。 そうして生産されたお金の一部を労働者に支払い、余った余

    私達が安くて便利なサービスを使えるのは、私達の誰かが安く働いてくれるから。
  • 「肥満の原因」にアプローチしたら、1週間で6キロ減量できたのでやったことを書く。

    実はここ1年で結構太った。具体的に言うと標準体重+8キロで、まあ立派な肥満である。 さすがにあまりよろしくないよなぁと半年ぐらい生活を色々工夫してみたり、筋トレをやってみたりしていたのだけど、これがまあ全然やせない。 ダイエットというのは当に面白いもので、人それぞれ色々なカチッとポイントがある。 そこが見つけ出せるとスルッと痩せられるのだが、逆にそれがみつからないと全く進展しない。 まったくもって絶妙なゲームバランスである。 なお、ある統計によるとダイエットの成功確率は3%程度のようで、まあ端的にいって超高難易度ゲームだ。 どうしたもんかなーと思っていた時、「トロント最高の医師が教える 世界最新の太らないカラダ」という非常におもしろいを見つけ、このに書かれた通りに色々やってみたところ見事に1週間で6キロほどの減量に成功したので、ちょっとサクセスポイントやNGポイントを交えて書いてい

    「肥満の原因」にアプローチしたら、1週間で6キロ減量できたのでやったことを書く。
  • 年金問題でなぜ人は怒るのか?それは国家から養われたいからだ

    とても面白い記事を読んだ。 男性社会の幸福な女性たち|すもも|note 記事によると日は世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数で149か国中110位と先進諸国でぶっちぎりの下位だが、世界一日の女性は日の男性と比較して幸福度が高いのだという。 これをもって筆者は日は世界一男性よりも女性が幸せな国とする。 そして日の女性の幸福度を高めているのは専業主婦であると読み解いている。 これは体感的にも非常に納得がいく話だ。 身の回りにも、労働のことを懲役か何かのように考えている人が結構多いし、社畜という単語が流行った背景からも、そういうニュアンスを確かに感じる。 懲役と揶揄されるようなシンドイ作業に従事するのと比較すれば、専業主婦の生活の方がそりゃ幸せだってもんだろう。 男性社会の幸福な女性たちとはよくいったものである。 男だって養われたい 以前、男の友人と集まって事をしたときの話

    年金問題でなぜ人は怒るのか?それは国家から養われたいからだ
  • 「寿命ばかり伸びて、突然死のない社会」が、シンドすぎる件。

    ここ最近、老後2000万円問題が話題となっていた。 (参考:言ってはいけない年金制度の真実 「老後資金2000万円不足」の当の意味(橘玲)�) この問題をみたときに僕が思ったのは、長寿社会というものの負の側面が徐々に現れてきたなという事だった。 ご存知の通り、日人の寿命は非常に長い。 厚生省の発表によると、男性は81歳程度。女性に至っては87歳程度にもなるという。 65歳を定年とする今の日社会においては、約20~30年、人によっては40年近くもの歳月を”働かず”に生き抜かなくてはならない。 その老後の生活を安心して過ごすための年金制度だったわけだけど、その根幹が揺るがされた、との事で今回の件はここまで燃えているのだろう。 この問題をみたときに、即座に思いつく回答のうちの1つが「だったら働けばいいじゃないか」という事だろう。 実際、僕もそう思ったのだけどこれはかなりの割合の人には死刑宣

    「寿命ばかり伸びて、突然死のない社会」が、シンドすぎる件。
    kounotori0305
    kounotori0305 2019/07/01
    連載記事が更新されました。長寿社会って、いろいろ難しいよねというお話です
  • ヘルシオの超☆簡単、ズボラ飯の実践術。

    以前シャープのヘルシオを紹介させていただいた。 ヘルシオをうまく使いこなせる人は、AI時代もかなりラクラク生き残れるんじゃないだろうか。 | Books&Apps 記事の要旨をかいつまんで説明するとシャープのヘルシオを使えば調理時間が実質15分ぐらいになり、余った時間で他のことができるよ、という話なのだけど。 この間あった人に「イマイチ具体例が頭で想像つかないので、実際にヘルシオをどう使ってるのかを参考までに教えてもらえないか」と言われた。 というわけで今回は高須賀家のヘルシオ超ズボラ飯を紹介しよう。 温泉卵を暇な時に作ってしまおう 卵は安くて栄養価たっぷり、かつ美味しいと非常に便利な材だ。 とはいえ、使いみちにやや困る事があるのもまた事実ではある。 買ってきたはいいものの、冷蔵庫で放置されてて、賞味期限ギリギリになって、消費に困るという人も多いだろう。 僕も卵は好きなのだけど、イマイチ

    ヘルシオの超☆簡単、ズボラ飯の実践術。
    kounotori0305
    kounotori0305 2019/06/20
    西友のアンガス牛とイトーヨーカドーの奥州こくみ鶏の素晴らしさはもっと認知されるべき。あれは食卓革命レベル
  • あいさつの習慣一つで、人は大きく性質が変わる、という話。

    かつて欧州を旅していた時の事だ。 彼の国では、エレベーター等で顔を合わせたら、知らない人間だろうがまず間違いなく「Good morning!」等の挨拶をされる。 最初の頃、僕は「へっ!?何か会話始まるの?」と身構えつつ「ぐっど、もーにん」と返していたのだけど、誰にこう返してもみんなニコッと笑ってそのまま会話が打ち切られた。 会話が始まった事は一度としてなく、次第に僕も「ああこれはこういう文化なのだな」と納得していく事となった。 私は敵ではない、という意味での挨拶 陸続きで多様な文化を内包する欧州にとって、異邦人をどう受け入れるかは難しい問題だ。 彼らはその緊張感を緩和するためにも、挨拶が通じる相手か否かという最低限の入り口を敷く事を無意識のうちに日常生活に挨拶という形で導入し、 「私は会話が通じる人間ですよ。あなたの敵ではありません」 とのメッセージを日常生活の中に組み入れて居心地のよい空

    あいさつの習慣一つで、人は大きく性質が変わる、という話。
  • 人の幸せは、時代が与えてくれた”物語”で決まる

    想像してみて欲しい。 あなたは農民だったとしよう。 毎年毎年、不作に怯え、日々のべ物を確保するのに精一杯な状況だ。 あなたはたぶん一度くらいはこんな事を考えるはずだ。 「ああ、べきれないほどのべ物に囲まれて生活したら、どんなに幸せだろう?」 しかし現代に生きる私達は、べ物に溢れた生活がさして幸せではないという事を嫌という程知っている。 確かに飢えは不幸なのだが、毎日の満腹は私達の事をあまり幸せにはしない。 恐らく、お金に関してもほとんど同じことがいえる。 あなたは今、預金通帳に数億円あれば幸せになれるのになぁと考えているかもしれない。 しかし数多いる宝くじの当選者の多くが身を持ち崩した事例を多数見聞きするに、どうもお金が山程あったからといって幸せの絶頂に常にいられるようなものでもなさそうである。 貧乏は確かに不幸だ。けど、その逆の莫大な資産もどうやら私達のことを全く幸せにしそうには

    人の幸せは、時代が与えてくれた”物語”で決まる
  • 究極の愉悦、「交互湯」を知ってしまった。

    幼い頃、銭湯にある水風呂の意味がサッパリわからなかった。 ちょっと足をつけただけでギャァと叫びたくなるような冷たいものが、来温まる目的のはずの風呂場に置いてる理由が皆目見当がつかなかったのだ。 「あれは罰ゲーム以外の何に使うんだろう?」 ずっとそう思っていた。交互湯の愉悦を知るまでは。 霧島湯之谷温泉 湯之谷山荘で異常に癒される 前にと二人で九州一周旅行をした事があった。 その時に知り合いから「温泉が好きなら絶対に行った方がいい」とオススメされたのが霧島湯之谷温泉 湯之谷山荘だ。 https://www.booking.com/hotel/jp/kirishima-yunotani-sanso.ja.htmlより拝借 こちらは図のように3面構造となっており、奥側が暑いお風呂。手前側が炭酸の入った冷たい風呂。真ん中が両者が混じったヌルい湯となっている。 初めは普段どおり適温の湯に使ってい

    究極の愉悦、「交互湯」を知ってしまった。
  • できる人はできない人に歩み寄り、できない人は「ありがとう」を忘れなければ人間関係はうまく回る。

    結婚していると、いろいろと男と女のものの考え方の違いを痛感する。 夫婦喧嘩は犬もわぬというけれど、つい先日あったヒト幕が自分の中で随分と衝撃的だったので紹介させて頂きたい。 お願いは断ってはいけないもの? キッカケは些細な事だった。 Amazonで買いものをしたのだけど、運悪く配送時に不在で受け取りができなかった。 当にたまたまなのだが、はそのまま里帰りをする予定だった事もあり、僕にLINEで 「ヤマトから不在着信が来たから、荷物受け取っといて」 と連絡をよこした。 ちょうどその頃、僕は勉強会続きだったり仕事を大量抱えてたりでハチャメチャに忙しく、いろいろ限界だった事もあって短文で一言 「嫌じゃぁ」 と返事を返した。 どうせ荷物を受け取ったところでは里帰り中である。この荷物が必要になるケースは万に1つもない。 断ったのは、別にそうしても何も問題ないだろうとの判断もあった。 まあ

    できる人はできない人に歩み寄り、できない人は「ありがとう」を忘れなければ人間関係はうまく回る。
  • 個人主義社会は、自分自身を省みる機会も能力も無い、「唯我独尊」の人間を大量生産する

    先日、私は自分のブログにこんなブログ記事を書いた。 だけど、叱られない社会をみんなが望んだ。 相互不干渉の浸透した社会のなかで他人に干渉することはますます難しく、勇気の必要な、リスクを孕んだものになっているわけだから、私たちはおいそれとは他人を叱れないし、他人に叱られにくくもなった。 ここでいう「他人に叱られにくくなった」とは、他人に叱られる頻度が低下したという意味だけでなく、他人に叱られ慣れなくなった、という意味も含んでいる。 他人から陶しがられそうな言動を繰り返していても、相互不干渉がマナーになっている現代社会では、誰かが叱ったり注意したりしてくれることは少ない。 自分を叱ってくれる人、それもちゃんと心に刺さるようなかたちで叱ってくれる人は貴重な存在だ。 先日AERA.dotに掲載されていた以下の記事は、まさにそのことを思い出させる内容だった。 66歳男性が風呂場で涙… 友人もいない

    個人主義社会は、自分自身を省みる機会も能力も無い、「唯我独尊」の人間を大量生産する
    kounotori0305
    kounotori0305 2019/05/22
    ネットで狂人が産まれるシステムを風土病という単語に落とし込むセンスには痺れるなぁ
  • 誰にも尊敬されない孤独な老人から想像する、ネット右翼の発生、そしてジャパニーズ・ラストベルトの誕生。

    とても難しい気持ちになる人生相談を読んだ。 66歳男性が風呂場で涙… 友人もいない老後を憂う相談者に鴻上尚史が指摘した、人間関係で絶対に言ってはいけない言葉 (1/6) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット) 【相談27】隠居後、孤独で、寂しくてたまりません(66歳 男性 有閑人) (中略)いざ弟たちに連絡しても忙しいからと何度も断られました。 ちょっとおかしいと思い、妹に連絡したら「お兄さん、気づいてないの? みんなお兄さんが煙たくて、距離とっているんだよ」と。寝耳に水でした。 妹によれば、私が長男で母から優遇されすぎたし、弟たちの学歴や会社をバカにしてたのが態度に出すぎてた、というのです。 記事の要旨をいえばこういう事だ。 66歳になるまでガムシャラに仕事を頑張ってきて 「さて老後を楽しむか」 とウキウキしだしたところ、一緒に楽しむ予定だった家族からは 「お前と一緒にいると

    誰にも尊敬されない孤独な老人から想像する、ネット右翼の発生、そしてジャパニーズ・ラストベルトの誕生。
  • 「働きすぎる→精神が潰れる→人に操られやすくなる→好戦的になる」の負の連鎖から抜け出すためにやったこと。

    やってしまった。 また性懲りもなく「働きすぎて→精神が潰れる」のコンボをキメてしまったのである。 ありがたい事に、最近は色々な方面からお仕事を頂けるようになった。 これ自体は当にありがたい事なのだけど、その一方で仕事をたくさん引き受けすぎて、溜まったタスクの重みで精神疲労する事が当に増えた。 今更ながら、マネジメント能力の重要性を痛感している。自己管理って当に大切だ……今回は運良くGWが来てくれた事もあり、上手に休みが取れて復活できたけど、そのまま心がミンチになっても何もおかしくなかった。 反省の意味も込めて自分自身が過労で潰れかけていた時の前兆と、疲労回復に役立った手法を書いていこうかと思う。 これを読んで「あっ、自分の事かもしれない」と思った人は、注意した方がいい。そして対策についてもしっかりと学んで欲しい。 疲れ初めの頃は過剰に好戦的になっていた。 いま思うと、ハチャメチャに心

    「働きすぎる→精神が潰れる→人に操られやすくなる→好戦的になる」の負の連鎖から抜け出すためにやったこと。
  • 「古典なんか読みたくねえ」という、意識低い人のための読書メソッド。

    つい先日、こちらの記事を読んで「意識たけぇ」と思わず吹き出してしまった。 読書が苦手な人のための、実用的なの読み方について。 | Books&Apps ショウペンハウエル、古典を読め等々…… ぶっちゃけ、これは相当に頭のいい人向けの読書術だと僕は思う。これが実践できるのは、非常に熟達した読書家だけであろう。 実はもともと僕はが全然読めなかった。ひと月に一冊読めれば御の字で、その後は疲れてしまい数ヶ月間全くを読まないなんて事も普通だった。 ってかこれを読んでる多くの人も、そんな感じではないだろうか? 読書というのは不慣れなうちは当に脳のエネルギーを消費する。新井紀子さんの「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」というに日人の3人に1人が簡単な文章を読めないという驚異的な事実が書かれていたけど、日人の30%しか文章がキチンと読めていないのなら、を読める日人なんて下手したら

    「古典なんか読みたくねえ」という、意識低い人のための読書メソッド。