「話すこと」と 「書くこと」は どう違うか? 学生時代、一部の学生の間で教祖的な人気を博していた評論家に吉本隆明がいた。ほんとうは「たかあき」と読むのだが、みんな「りゅうめい」と呼んでいた。若い世代には吉本ばななの父親というほうが通じがいいだろう。吉本の人気の秘密は、論敵を論破するときの歯切れよさ、小気味よさにあったのだが、一度だけ講演を聴いて意外に思った。話はあまり上手ではなく、むしろ口下手な印象だった。「民衆」と「知識人」という二分法は、今日すっかり境界がぼやけてしまった感があるが、当時はまだ実感をもって受け止められていた。吉本は、その違いを次のように説明していた。「民衆は話す。しかし、書くことはしない」と。 人間は書くことをはじめるよりずっと古くから話すことを始めた。話すことは生活に密着し、喜怒哀楽を伝え合うことで人と人をつないだり、切り離したりしてきた。しかし、書くことは、生