1972年の札幌オリンピックのスキージャンプで日本選手が表彰台を独占した「日の丸飛行隊」のひとりで、金メダルを獲得した笠谷幸生さんが4月23日に札幌市内の病院で亡くなりました。80歳でした。 笠谷さんはスキージャンプの選手として1972年の札幌オリンピックでは自国開催の重圧をはねのけて海外の強豪を相手に金メダルを獲得しました。 冬のオリンピックで日本勢初めての金メダル獲得という偉業で、銀メダルの金野昭次さん、銅メダルの青地清二さんとともに日本選手が表彰台を独占したその姿は「日の丸飛行隊」として語り継がれ、海外でも称賛されました。 現役引退後は指導者として活躍し、1978年から全日本スキー連盟のジャンプコーチに就任するなど後進の育成に力を尽くしました。 さらに、国際スキー連盟の国際審判員として冬のオリンピックで審判も務めるなど指導者、競技団体の役員としても長年にわたって日本のスポーツ界の発展
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