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ブックマーク / ji-sedai.jp (5)

  • 再発見された真田信繁自筆書状 - ジセダイ総研 | ジセダイ

    平成28年(2016)10月16日(日)。先日上梓した『真田信繁の書状を読む』(星海社新書)の担当編集者から、突然着信が入った。訝しみながら電話をとった私の耳に届けられた話の内容に、思わず息を呑んだ。 ──「『真田信繁の書状を読む』では写の写真を掲載した信繁書状の原を、入手されたというコレクターの方から、編集部宛に連絡がきました。原かどうか、見て貰えないかとのことです──。 現蔵者の方が撮影した写真があるというので、ただちに転送してもらった。慌ただしく添付ファイルを開くと、そこには写の形で見慣れた信繁書状とまったく同じ筆跡の古文書が映し出された。私が信繁自筆と判定している字が、所狭しと並んでいる。紙の雰囲気も、豊臣期のものとして違和感がないようだ。長らく行方不明になっていた信繁書状原の「再発見」とみてどうやら間違いなさそうだ。 ただちに、原調査をする必要があると判断し、日程の調整を

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  • 多くの国民が無関心だった? 1964年のオリンピックはこんなにもダメだった - ジセダイ総研 | ジセダイ

    理想化された1964年の東京オリンピック 東京オリンピックは、3つ存在する。1940年の大会、1964年の大会、そして2020年の大会だ。このうち、1964年のそれは過剰に理想化されている。 日中戦争の影響で返上した1940年の大会は戦時下を象徴し、目下様々なトラブルを引き起こしつつある2020年の大会は「失われた20余年」を象徴する。この2つの東京オリンピックはいわば「暗黒時代」を背負っており、否定的なイメージを免れない。 これに対し、1964年の大会は高度成長期を象徴し、肯定的なイメージが強い。 当時の日は、戦後復興を成し遂げ、新幹線や首都高を建設し、先進国の仲間入りを果たした。当時の日人はみな夢や目標を持って、輝かしい明日に向かって努力していた。われわれはいま一度、2020年の東京オリンピックの実現を通じて、あの「黄金時代」を取り戻さなければならない。1964年の東京オリンピック

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  • 「窓の外には地獄が広がっていた」SNSが伝える天津塘沽爆発事故 - ジセダイ総研 | ジセダイ

    2015年8月12日夜、天津市浜海新区の化学薬品保管倉庫で爆発事故が起きた。日の気象衛星ひまわりもその光を捉えたほどの巨大な爆発だ。 スマートフォンの普及も大きいのだろう。ネットユーザーが現場を撮影した動画、写真が次々と公開されて現地の「地獄絵図」が伝えられている。クレーターのような大穴が空いた事故現場、吹き飛んだ建物、窓ガラスがすべて粉々になったマンション、吹き飛ばされたコンテナ、黒焦げになった1000台もの車、道端に転がる黒焦げの遺体やちぎれた手足などの恐ろしい光景が映し出されている。爆発の規模を考えれば、完全に吹き飛ばされた犠牲者も相当数いるはずだ。13日夜時点で公式に確認された死者数は50人だが、最終的な犠牲者はこれをはるかに上回るものと予想される。 またSNS中国メディアでは次々と被災者の声が伝えられている。 「爆音を聞いて、慌てて窓の外を見たら地獄が広がっていた。」 「死者

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  • 第6回:最古の「江戸しぐさ」を探る 帝国海軍の亡霊 - 続・江戸しぐさの正体 | ジセダイ

    百万都市・江戸の人々は、「傘かしげ」「肩引き」「こぶし腰浮かせ」といったしぐさを身につけることにより、平和で豊かな生活を送っていた。しかし、幕末に薩長新政府軍によって江戸市民は虐殺され、800とも8000とも言われる「江戸しぐさ」は断絶の危機に瀕した……。 このような来歴を持つ「江戸しぐさ」は、現在では文部科学省作成の道徳教材にまで取り入れられるようになった。しかし、伝承譚の怪しさからも分かるように、「江戸しぐさ」は、全く歴史的根拠のないものなのである。 実際には、1980年代に芝三光という反骨の知識人によって「発明」されたものであり、越川禮子・桐山勝という二人の優秀な伝道者を得た偶然によって、「江戸しぐさ」は急激に拡大していく……。 この連載は、上記の事実を明らかにした「江戸しぐさ」の批判的検証『江戸しぐさの正体』の続編であり、刊行後も継続されている検証作業を、可能な限りリアルタイムに

    第6回:最古の「江戸しぐさ」を探る 帝国海軍の亡霊 - 続・江戸しぐさの正体 | ジセダイ
  • 若き憲法学者・木村草太先生に、「法学のマインド」を学ぶ!【前編】 - ザ・ジセダイ教官 知は最高学府にある | ジセダイ

    昨年上梓した『憲法の急所』が法学を学ぶ学生から絶賛を持って受け容れられた、若き憲法学者・木村草太。 まだ一般のメディアに登場したことのないこの俊英が、メディアに初登場。 憲法とは、法学とは何なのか? ジセダイ教官による、新しい「知」の授業がはじまります──。 取材:柿内芳文・平林緑萌  構成:平林緑萌  撮影:山崎伸康 すべては「日国憲法」から始まった 柿内 日はお忙しいところ、押しかけてしまってすみません。 木村 いえ、大丈夫ですよ。こういった取材は初めてで、ちょっと緊張していますが、どうぞよろしくお願いします。 柿内・平林 宜しくお願いします! 柿内 どのようにして、若き憲法学者・木村草太が生まれてきたのか、我々次世代マニアとしては非常に興味があります(笑)。また、法学初心者である我々なりに、専門的な部分についてもお話を伺っていきたいと思っています。 平林 まず、法学に興味を抱いた

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