小関智弘 その1【全4回】 旋盤工として50年、町工場の悲鳴が耳に刺さる(1) - 10/05/12 | 08:10 町工場で50年間、旋盤工として働いてきました。その傍ら、町工場を題材とした小説やノンフィクションを書いてきました。このため、たくさんの工場とご縁があり、今、そういう町工場の方々から、数多くの悲鳴が聞こえてきます。 先日も、群馬県のある町工場の方が手紙をくれました。「受注量が激減し、これ以上続けると自分の後始末ができなくなると思い、廃業を決めました。……取引先の親企業は、技術を評価せず、ひたすら値下げを求め、必要以上にISOの数値や管理体制を要求してきました。……そんな親企業にいつか一矢報いたいとずっと思ってきました。今回、ウチが閉じることで、親企業が右往左往するさまを見て、こっそりとでも溜飲を下げたかったのです」。 たくさんの町工場がこういう形で廃業に追い込まれています