2017年6月3日のブックマーク (4件)

  • リオ五輪の「君が代」に内村選手「すごくゆっくり」 JOC「実は意図してテンポを遅くした」

    8月9日(日時間)にリオデジャネイロオリンピックの体操男子団体で、3大会12年ぶりとなる金メダルを獲得した日本代表(関連記事)。表彰台のあとのインタビューで、内村航平選手は国歌「君が代」を歌ったことについて次のように答えた。 「声が裏返るまで歌ってやろうとみんなで言って、(演奏が)すごくゆっくり流れたので、ちょっと歌いづらかったですけれど、すごくみんな大きな声で歌えてよかったと思います」 ネットでは祝福の声が相次ぐ一方、国歌が“すごくゆっくり流れた”という発言に対しても共感の声があがった。「確かにリオで流れる君が代は、通常より遅めのテンポで、内村君が『歌いにくい』と言ったのも分かる」「私も国歌遅いな~って思った」。Twitterでは体操男子団体の前から、今回のオリンピックの「君が代」はテンポが遅いのでは? という指摘がいくつも出ていた。 表彰台に立つ体操男子団体の日本代表。内村選手は右か

    リオ五輪の「君が代」に内村選手「すごくゆっくり」 JOC「実は意図してテンポを遅くした」
    kz78
    kz78 2017/06/03
    "一度は日本人が歌いやすい普通の速さで演奏してみたものの、指定の60~90秒より短い。より遅めに演奏し、現在のゆったりとした「君が代」が完成した。" 余計なことをw
  • 偏差値30の高校は、間違いなくジャパリパークだった

    ジャパリパークは個性を認め合う社会だ。人間と違って野生動物はできることよりもできないことのほうが多い。大抵の動物は泳げないし空も飛べないし足も大して早くない。だからこそ、擬態がうまいとかジャンプ力が高いとかとか、できることが光る。できないことはできなくてあたりまえ。でも、できることはすっごーいと褒め合う。この多様性を認め合う姿勢こそがジャパリパークの素晴らしさだ。 中学生の時、勉強の大変さからやる気を無くして不登校になった俺は、そこしか行けるところがなかったから偏差値30の高校に通った。今思うと、偏差値30の高校は、間違いなくジャパリパークだった。周りは不良や元不登校ばかりだった。俺も含めて皆親が貧乏だったし、勉強も進学校と比べるとおままごとのようなレベルだった。でも、だからこそできることが光った。皆個性が強かった。 アルファベット26文字すべて書ける人はすごい、分数の割り算ができる人はす

    偏差値30の高校は、間違いなくジャパリパークだった
    kz78
    kz78 2017/06/03
    試験中にカンニングを見つかったやつが、証拠のカンペを教師に渡すまいとしてドッタンバッタン大騒ぎになったことがあったなぁ…/「すごーい」は良いけど「わかんないや!」を許容してたら教育にならんよね
  • 米国労働者の半分以上は休暇を取っていない | スラド

    アメリカ人はヨーロッパ人よりも休暇を取らないことで知られる。フランスでは平均30日の休暇を取るのに対してアメリカ人は17日未満。米国の全従業員の半数以上(54%)が、昨年から休暇を取っておらず、6億6200万日もの休暇が使われなかったものと見られている。 アメリカ労働者7,331人に対する調査によると、こうした有給を取らない米国労働者の約60%は休むと仕事が無くなることを恐れており、さらに47%が自分の仕事を他人が代替できないと考えている、また36%は献身的な仕事を行うことで上司によい印象を与えたいと考えているようだ(QUARTZ、Slashdot)。 米国人が休暇を取らないことは以前から指摘されており、その理由の1つとして米国では企業に対し年次有給休暇の付与を義務付けていないことがあるとされている(ハフィントンポストの2013年記事)。ただ、有給休暇が設定されている企業においても、会社の

    米国労働者の半分以上は休暇を取っていない | スラド
    kz78
    kz78 2017/06/03
    https://welove.expedia.co.jp/infographics/holiday-deprivation2016/ アメリカの有給消化率8割という調査もあるんだが…。/いずれにせよ欧州よりは休んでないってのは事実だろうけど。
  • 原発事故で壊れた家族 夫「放射能の話は二度とするな」:朝日新聞デジタル

    原発事故さえなければ思いも離れることはなかった――。東京電力福島第一原発の事故による避難生活は、大切な家族の関係に暗い影を落とすこともある。離れている距離や時間に加え、放射能を巡る価値観の違いなどが「溝」を広げ、離婚に至る夫婦もいる。 夫はとどまった 子ども3人と大阪府に避難した女性(41)は、福島市の自宅に残った夫と2015年に別れた。 福島市は福島第一原発から約60キロ。放射能の影響を恐れ、事故翌年の12年、身寄りも土地勘もない大阪へ移った。できるだけ東日から離れつつも、福島とは陸続きの州、といった条件から選んだ。 環境の変化を嫌ってとどまった夫は、互いに行き来して会うたびに「戻ってこないの」と聞いてきた。女性は「いつか戻れるのでは」と期待もしたが、避難が長引く中、子どもたちの生活は大阪で落ち着いてきていた。自身も福島の復興は願いつつ、「事故現場の収束のメドはたっておらず、まだ安心

    原発事故で壊れた家族 夫「放射能の話は二度とするな」:朝日新聞デジタル
    kz78
    kz78 2017/06/03
    家族が恐怖に寄り添ってくれれば踏ん張れたかもという人は居るだろね。/さておき、不安を煽ってきた側が書く記事かよとは思うが。