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きのこがどうだたけのこがどうだ言っている場合ではなく、本来こういう場に置くとすればやおきんのキャベツ太郎一択である筈で、外国人記者はスシどころか「キャベツ太郎ないの?? ノーーーーーーーーッ!(エコーつき)」と絶叫し続けているであろうことは全く想像に難くなく、それらの絶叫により今頃サミット会場は阿鼻叫喚の地獄絵図を呈していることが想定され、これは近隣の騒音問題を惹起する可能性すらある問題で、それら外国人記者のサイレントマジョリティ的な声を全国民に伝えないのはもはや報道の怠慢と言うもおこがましいレベルであり、政府は可及的速やかにやおきんに対して十分な量のキャベツ太郎を提供するよう要請すべきであってそのついでに日本でも数少ないキャベツ太郎ブロガーである私にキャベツ太郎の供与を行うことが望ましく要するにキャベツ太郎たべたい。
一言で言うと、「なんか楽しそうでうらやましいけど、だからといって入っていきたいか?と言われるとぶんぶん首を横に振る」という場所でした。 「自分はあの中にいないんだ」という安心感と、「あの中に入ったら面白いかもなあ」という実現させる気もない願望。嫉妬と、恐怖感と、羨望と、優越感と、劣等感が、全てちょっとずつ入り混じった感情だったのかも知れません。 今から、ちょっと昔話をします。 2004年の11月に、それまでやっていた趣味のwebページを畳んでブログを始めました。seesaaを選んだことに深い理由はありません。当時は、ブログを始めることがプチブームになってまして、ブログサービスの比較ページなんてものもまだあちこちにありましたので、それらの中から「どれにしようかな」で適当に選んだ結果です。 そのころはまだ「はてな」のことを、「Googleで検索するとなんか妙な上位によくわからんQAサイトが引っ
能力名とかないんでしょうかこの能力。そのまんま書いてると文章が長くなりすぎるので、仮に能力αと呼称してみます。 家庭生活において、能力αは「日頃の地味な努力、地味な気遣いを埋没させない能力」です。 例えば、しんざき奥様は、日頃ホントーに色んなところで私をサポートしてくれており、家庭内で私は殆どノーストレスでいさせてもらっています。私の方でも、なるべく奥様がストレスを感じないで済むように、できる限り努力しているつもりです。 こういう、お互いの普段の努力って、ほっとくとすぐ「当たり前のこと」になって埋没しやすいんですよね。 それ以外でも、例えば家事の分担であるとか、子どもの宿題への頑張りであるとか、日常生活は「地味な努力」「地味な苦労」であふれています。 そういうものを、ただ頻度が高いだけで「当たり前のこと」「当たり前のもの」として流してしまうようになると、それはその内「降り積もるストレス」に
バルスのことなんですけど。 大多数のネットユーザー諸兄はご存知かと思うが、バルスは天空の城ラピュタにおける「滅びの言葉」である。劇中ラストシーンにおいて、家伝の飛行石を手にしたシータとパズーが「バルス!」と叫ぶと、なんか飛行石がやたら光ってムスカさんが目が目が星人になったりラピュタがぶっ壊れたり、色々とエラいことになる。 「バルス=滅びの言葉」という図式の定着度・認知度はWeb上では恐ろしい程であり、ラピュタ放映時には実況板が「バルス!」の書き込みとAAで埋め尽くされるという。 まず考えなくてはいけないのは、このバルスという命令は一体何の為に用意されたAPIなのかということである。 ラピュタは人工物なので、当然設計者や開発者がいた筈である。そして彼らは、管理権限キーっぽい小さな飛行石に、複数のコマンドを用意している。「困った時のおまじない」であるとか、「滅びの言葉」がそれである。飛行石を身
フジ大村「足切断されてあなたもうスポーツ出来ないけど、どんな気持ち?」被災者少年に無神経インタヴュー これでは駄目だ。これでは彼らは改めない。せいぜい、「不適切な報道があったことをお詫び致します」と、軽く頭を下げて、それで終わりだ。今まで散々、同じ光景を見てきたじゃないか。 あらゆるメディアは、「影響力」をその力の源泉としている。「なるべくたくさんの人に見てもらえること」がメディアの影響力であり、目的であり、勝利である。 で。「見てもらう」為の最強の方法論は、「感情を煽る」ことだ。この時、煽る感情は何でもいい。同情でも、哀しみでも、優越感でも、怒りでも、何でもいいのだ。強い感情が煽れさえすればそれでいい。私自身が、かつてそう教わった。 上の報道で言えば、被害者の方への同情やその他の感情は勿論番組側の注文通りだが、インタビュアーに対する単純な怒りの感情も、基本的には番組側の望み通りだと考え
ちょっととりとめもない話をする。 息子さんは3歳になった。夜20時を過ぎると寝る時間である。 あわただしく息子さんの歯を磨いて、私が早く帰れた時は3人で、早く帰れなかった時は奥様と息子さんであわただしくお風呂に入って。嫌がる息子さんをとっ捕まえてドライヤーをかけ服を着せ、私と息子さんは大体奥様よりも先に寝支度が出来て二人で布団に転がる。 時にはごろんごろんとお相撲ごっこをし、時には絵本や紙芝居を読んで、きゃっきゃとした息子さんの声を聞いている内に奥様が部屋に入ってきて、お母さんの顔で息子さんの横に寝転がる。電気を消す。真っ暗な部屋の中でも、息子さんはしばらくごろんごろんと転がる。息子さんの寝相はひどい。翌朝、布団の上にそのまま寝続けているケースは極めて稀である。 最近、暗くなった部屋の中で、息子さんが「おはなししてー?」と言うようになった。 息子さんにお話をせがまれて、私はふーむ、と考える
いや、最近のアレとかソレとかについて考える気はあんまりなく、飽くまで一般論というか、どちらかというと単なる私の習性。全然具体的な話ではない。 世の中というのはそんなに単純なものではない、というセンテンスには基本的に誰も文句を言わない。1か0かで括れるようなものではない、という考え方に異議が出ることもあんまりない。 世の中の色んな事象は、色んな人の色んな思惑が絡んで構成されている。そしてそれは、色んな方向を向いていて、あっちで打ち消しあいこっちで曲がり、割とカオスな状態になっている。だから、「これかアレか」みたいな単純な構図で語れるような事は割と少ない。 多分これ前提だと思う。少なくとも私は前提だと思っている。 ただ、「分かりやすい対立構造」というものが明示されると、その前提を頭からおっぽり出して、「これかアレか」という視点オンリーになってしまう人がたまにいる気がする。いや、分かっていて敢え
テーマはタイトルだけで、本文は殆ど、補足。 ちょっと、とあるTwitterの発言を見て思ったこと。といっても、発言自体はトリガーであって、内容については私の意見はないのだけど。 言葉って伝わらないですね。津波警報と電車の運休をイコールで結んでいいのかという疑問を呈したのです。安全第一というのは当然ですが、運行責任、経済的な責任も片方にあるはずで、そういうルールが不完全と言いたかったのです。tomtsubo氏のPOSTより引用 津波の話は一旦忘れて頂きたい。実際のところ、坪田先生のこの前後の発言が批判されるべき発言なのか、妥当な発言なのか、そういう点について私の意見はない。興味もあんまりない。 「言葉って伝わらないですね」というのは、言わずもがなというか、端的にいって当然の前提だと思う。言葉を使って生活されている方がご存知ない訳はないので、ただの感慨なのだとは思うけど。 言葉は伝わらない。そ
自分を信用すること。自分の発想をそれなりに信用すること。 無理をしないこと、気長に構えること。 自分で自分を縛らないこと。 ブログを書くというのは、過去の自分の切り売りだと思っていた。 いつか書くことが尽きるのだろう、と思っていた。 危うくスルーするところだったが、昨日でブログを書き始めてから丸五年が経過した。 二年前、ブログを始めて3年経った時には、私は「読んでくれる人を信頼すること」を学んだ、と書いた。 で、それから更に二年経って思ったことを雑然と書こうと思う。 昔からの話だし、多分誰でもそうだと思うのだが、私はたまに「書きたいという欲求」を失う。普段は次から次へとくだらないことを思いつく脳味噌が、嬉々として長期休暇に入る。日ごろ書き溜めている書きかけのエントリーにも、一行たりとも付け加えることがなくなる。 それは、例えば全く別の何かに熱中するときであったりするし、例えば中途半端な忙し
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/621_14498.html 恣意差(しいさ)の都に住むぶろ雄という男が、天下第一のブロガーになろうと志を立てた。己の師と頼むべき人物を物色するに、当今ブログをとっては名手ぶろやすに及ぶ者があろうとは思われぬ。ぶろ雄ははるばるぶろやすに@を入れてその門に入った。 ぶろやすは新入の門人に、まず非モテ・非コミュネタを学べと命じた。聊か時宜を過ぎた感こそあるが、ブログを書くとき、ことに手始めにアクセスを稼ぐ際、脇の甘い非モテネタは未だ基本であるが故である。ぶろ雄は家に帰り、妻にありったけの独身男板ログを収集してくるよう言いつけた。彼の妻はネットゲーム廃人であり、Spamブックマーカーである。たちどころに非モテ・非コミュネタエントリーの山が築かれた。 ぶろ雄はそれらを参考に、試しに増田で非モテ自虐ネタを書いてみた
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